=LOVEのメンバーとしてステージに立ち、ファッションやメイクの発信でも知られる大谷映美里。現在の華やかな姿からは少し意外ですが、本人が振り返る子ども時代は、人前で話すことさえ難しいほどの人見知りでした。
その少女が最初に夢中になったのは、アニメ『きらりん☆レボリューション』の月島きらり。やがて長野県の全寮制学校でSUPER☆GiRLSの前島亜美と出会い、中学3年生で最初のアイドル活動へ進みます。
小学3年生になるまで、家族以外の人とはほとんど話せなかったと本人は振り返っています。
アキシブproject、高校卒業後のアルバイト生活、そして指原莉乃がプロデュースする=LOVEのオーディション。大谷映美里がアイドルになるまでには、一度ステージを離れた時期もありました。
ここから、幼少期の小さな変化から=LOVEとして最初のステージへ立つまでを、本人が残してきた言葉と一緒にたどります。
大谷映美里は昔どんな子?人見知りだった幼少期
大谷映美里は東京都出身です。幼いころの本人を知るうえで最も印象的なのは、後年のインタビューで本人が語っている強い人見知りです。
小学3年生まで家族以外とはほとんど話せなかった
家族とは話せても、家の外では言葉がなかなか出てこない。人に何かを聞かれたとき、「はい」と返事ができるようになったのも小学3年生ごろだったといいます。学校では周囲から心配されるほどでした。
ひどい人見知りで、家族以外の人とまったく話すことができなかったんです。
出典:bis「=LOVE 大谷映美里ちゃんが語る、幼少期からアイドルになるまで。人生のターニングポイントは?」(2022年1月21日)
人前に出る仕事を目指していた少女というより、まずはクラスメイトとの短いやり取りにも時間が必要だった時期です。そんな学校生活の中に、本人が夢中になれるキャラクターが現れました。
『きらりん☆レボリューション』で友達が増えた
変化のきっかけは、当時流行していた『きらりん☆レボリューション』でした。主人公の月島きらりに夢中になり、髪型や服装までまねするようになります。
するとクラスメイトから「今日、きらりじゃん」と声をかけられる場面が生まれました。自分から会話を始めるのが難しかった大谷映美里にとって、好きなキャラクターの格好が友達と話す入口になり、少しずつ友達も増えていきます。
2018年に公式ブログで「アイドルを目指したきっかけ」を聞かれた際にも、きらりへの憧れからアイドルになりたいと思ったと答えています。小学生のころには、実際にアイドルのオーディションへ挑戦し始めていました。
2026年5月5日には、本人公式Xで幼いころの写真を4枚公開しました。幼稚園時代のお遊戯会や餅つき、芋掘りなど、ステージに立つようになるずっと前の姿が残っています。
見る側だったアイドルへの興味は、やがてテレビやイベントで実在のアイドルを追いかける時間へ変わっていきます。その大きなきっかけが、中学進学後の寮生活にありました。
大谷映美里の家族構成は?父親・母親・姉とのエピソード
本人は中学時代、自分でアイドルのオーディションを探して受けるようになりました。その時期、家族も本人の挑戦を応援していたと振り返っています。
2023年には本人Instagramで家族との食事を紹介し、土用の丑の日を前にうなぎを食べに出かけたことを投稿しています。芸能活動とは離れた、普段の家族との時間が見える一枚です。
姉を追って長野県の全寮制学校へ
中学校を選ぶ時期、大谷映美里は姉が通っていた長野県の全寮制の学校へ進みました。東京都の実家を離れ、日常の大半を寮で過ごす生活が始まります。
姉と同じ進路を選んだことで、家族と離れて暮らす学生生活が始まりました。その後、大谷映美里が自分でアイドルのオーディションを探して受けるようになったときも、家族は活動を応援していました。
帰省すると父親の携帯でアイドル動画を見ていた
寮から東京の実家へ戻れる日は、アイドルを追いかける貴重な時間でした。父親の携帯電話を借りてSUPER☆GiRLSの動画を見たり、握手会やイベントへ足を運んだりしていたと振り返っています。
姉の結婚時には、本人のYouTubeチャンネル「みりにゃと申します。」で家族の一日を映した動画も公開しています。姉の晴れの日を見守る両親の姿も収められています。
大谷映美里の学歴は?長野の全寮制中学から高校時代まで
学生時代の記憶には、寮の食堂にあったテレビ、限られた帰省の時間、バスケットボール部、そして学校とアイドル活動の両立が残っています。校名そのものより、当時どう暮らしていたのかを本人が細かく語っています。
中学校は本人が「長野県の全寮制の学校」と語っています。高校についても在学・卒業は本人の発言で分かりますが、具体的な学校名は公表されていません。
携帯もネットもない寮生活
東京で家族と暮らしていた小学生時代から一転し、中学では寮生活。ネットも携帯も使えず、持ち物にも制限がありました。好きなアイドルの情報を好きなときに調べる、という今では当たり前のことができない環境です。
そんな学校生活の中でも部活動をしていました。2018年の本人公式ブログでは、髪の長さについて答える中で「中学2年くらいにバスケ部でボブにしてから」と振り返っており、中学時代はバスケットボール部に所属していました。
持ち物が制限される寮では、好きなアイドルの映像にも簡単には触れられませんでした。本人公式ブログでは、家へ帰れるのは1か月に1度くらいだった時期があり、帰宅すると真っ先にアイドルのコンサートDVDを見たと振り返っています。
生きがい。唯一の楽しみ。
出典:=LOVE Official Blog「大谷映美里~1stコンサート&2周年記念コンサート 裏話」(2020年8月30日)
食堂のテレビで前島亜美に一目惚れ
中学時代の大きな出会いは、食堂のテレビから突然やってきました。CMに出演していたSUPER☆GiRLSの前島亜美を見て、本人の言葉では「一目惚れ」。そこから前島亜美とグループを追いかけるようになります。
外の情報がほとんど入らない寮で、食堂のテレビに映ったアイドルが、本人にとって新しい目標になりました。
15歳だったころには、限られたお小遣いを握って店へ行き、指原莉乃が企画した「ゆび祭り」のDVDを購入。家へ持ち帰って見た映像には、日本武道館に集まったさまざまなアイドルが映っていました。
私が生きている場所には、こんな世界があるのか!
出典:=LOVE Official Blog「大谷映美里〜冬ツアーを終えて」(2021年1月31日)
そのDVDを見て、日本武道館のような場所に立てるアイドルを夢見るようになります。寮の食堂で前島亜美を知り、帰省のたびに映像を見て、今度は大きな会場の景色まで具体的に思い描くようになっていました。
学校とアイドル活動を両立した高校時代
中学生の大谷映美里は、見るだけではなく自分でオーディション情報を探して応募していました。小学生のころから挑戦は続いていましたが、中学3年生でようやく最初のアイドル活動へつながります。
その後は高校へ通いながら活動を継続しました。本人は後年、学校とアイドル活動の両立が難しかったと振り返っています。ライブやレッスンのある生活と、学生としての日常を同時に続ける数年間でした。
高校卒業の時期には、いったんアイドル活動そのものから離れることになります。卒業後の進路として本人が具体的に語っているのは、しばらくアルバイト生活を送っていたことです。
中学3年でアキシブprojectへ!大谷映美里最初のアイドル時代
大谷映美里が最初に所属したアイドルグループがアキシブprojectです。秋葉原のオタク文化と渋谷のギャル文化を組み合わせるというコンセプトで始まったグループでした。
約1200通から進んだ2013年オーディション
2013年1月22日にメンバー発表が行われたオーディションには約1200通の応募があり、15人が最終候補へ進みました。当初はその中から4人を追加する予定でしたが、最終選考で15人全員が合格。大谷映美里も合格者の一人に名を連ねています。
合格時は14歳。幼いころから何度もオーディションに挑戦してきた大谷映美里にとって、ここが初めて本格的なアイドル活動につながった合格でした。
アキシブprojectではライブ活動を重ね、学生生活と並行してステージへ立つようになります。中学の寮生活でアイドルの映像を見ることを楽しみにしていた少女が、今度は自分がライブに出演する側になりました。
17歳で「優等生担当」だったアキシブ時代
2015年10月、17歳の大谷映美里はアキシブprojectのメンバーとしてインタビューに登場しています。当時はグループ最年少で、自分の担当をこう紹介していました。
一応、優等生担当です。
出典:内外タイムス「アキシブproject 計良日向子、宮谷優恵、大谷映美里インタビュー」(2015年10月26日)
同じ時期の別インタビューでは、リーダーの宮谷優恵から「すごく清楚な子」と紹介されていました。グループ内では「秋葉原系」とされ、渋谷系の雰囲気を持つメンバーについて、加入当初は怖いと思って全然話せなかったことも明かしています。
それでも数年一緒に活動するうちに、本音で話し合える関係へ変わっていきました。小学生のころに人と話せず困っていた本人が、異なるタイプのメンバーと日々ライブを作る環境にいたことも、アキシブproject時代の具体的な一場面です。
本人はアイドル現場へよく足を運び、ニコニコ動画も好きでした。「歌ってみた」やボーカロイドを聴き、「踊ってみた」は見るだけでなく自分でも踊ることがあったと話しています。ステージに立つ側になっても、休日に見るものまでアイドルやダンスに近い生活でした。
2015年11月にはフィリピンの「Cool Japan Festival」、翌2016年1月にはタイでのイベント出演が組まれ、アキシブprojectは海外にも活動を広げていました。17歳の大谷映美里は、そうしたライブ活動と高校生活を同じ時期に続けていました。
2016年にアキシブprojectを卒業
2016年4月17日、大谷映美里はサンリオピューロランドで行われた卒業公演を区切りにアキシブprojectを卒業しました。高校卒業の時期と重なるタイミングでした。
本人は後年、学校に通いながらアイドルを続けることが難しく、高校卒業と同時期に活動をやめたと話しています。最初のアイドル生活はここでいったん終わりました。
アキシブ卒業後はアルバイト生活へ
ステージを離れたあとの大谷映美里は、しばらくアルバイトをしながら生活していました。高校を卒業し、ライブやレッスンが日常からなくなった時期です。
居酒屋・しゃぶしゃぶ店・アパレルで働いた
2018年の公式ブログで過去のアルバイトを聞かれると、居酒屋、しゃぶしゃぶ店、アパレル店員の3つを挙げています。アイドルを離れた期間には、接客の仕事をいくつも経験していました。
それでも、アイドルのオーディション情報を見ることはやめませんでした。本人の中には大きなステージに立ちたいという希望が残り、アルバイトをしながら次の募集を調べる日々が続きます。
このInstagram投稿と同じ2018年12月、本人は公式ブログでInstagramストーリーズに寄せられた質問へ回答。過去のアルバイトだけでなく、それまで受けてきたオーディションについても具体的に振り返っています。
小学生から10回以上受けていたオーディション
最初の合格だけを見れば中学3年生で順調にアイドルになったようにも見えますが、その前には不合格が重なっていました。
小学生の時から合わせると、10個は受けました🌟いつも落ちていました!
出典:=LOVE Official Blog「インスタストーリーの質問返し② 大谷映美里」(2018年12月21日)
アキシブprojectを卒業してからも、オーディションを調べる日々は続きます。アルバイトで働きながら次の募集を探していたとき、本人の目に入ったのが指原莉乃のTwitterでした。
=LOVEオーディションで再びアイドルへ
アルバイトをしながら次のオーディションを探していた2017年、大谷映美里の目に新しい募集が入ります。指原莉乃と代々木アニメーション学院によるアイドルプロジェクトでした。
指原莉乃の募集をXで見つけてすぐ応募
本人が募集を知ったきっかけは、指原莉乃本人のTwitterでした。芸能活動をしていない時期でもオーディション情報を探していたため、投稿を見つけるとすぐに応募しました。
オーディションは書類による1次審査、せりふの演技を含む2次審査を経て進みました。4月29日の最終審査には103人が参加し、歌、ダンス、質疑応答の末に13人が仮合格。この場でグループ名「=LOVE」も発表されました。
最終審査の時点では「仮合格」で、そこからレッスンを重ねて正式な活動へ向かう流れでした。代々木アニメーション学院の講師陣によるレッスンを受け、最終的に12人で=LOVEとして最初のパフォーマンスを迎えます。
最終審査で歌ったのは大塚愛「HEART」
選んだ曲は、大塚愛の「HEART」。それまで何度もオーディションを受けてきた大谷映美里は、この審査に向けて歌を何度も練習して本番へ臨みました。
合格に向けては食生活を見直し、カップラーメンなどを続けていた食事からサラダ中心へ変えた時期もありました。さらにカラオケへ週に何度も通い、審査で歌うワンコーラスを繰り返し練習していたと公式ブログで明かしています。
仮合格したとき、本人は自分で望んでいたことではありながら「すごいことになった」と感じたと後に振り返っています。オーディションを探す生活から、=LOVEのステージへ向けたレッスンの日々へ切り替わりました。
TIF 2017で初ステージ、9月にメジャーデビュー
2017年8月5日、=LOVEは「TOKYO IDOL FESTIVAL 2017」で初パフォーマンスを披露しました。指原莉乃がチェアマンを務めた大規模アイドルフェスが、グループとして最初のステージになりました。
中学生のころは、限られたお小遣いでアイドルのDVDを買い、寮へ戻る前の時間にステージ映像を見ていました。数年後には、自分の名前が入ったグループの一員として、多くのアイドルが集まる会場でパフォーマンスする側に立っています。
同年9月6日には、デビューシングル「=LOVE」がSACRA MUSICから発売され、メジャーデビュー。中学3年生で始まった最初のアイドル活動とは別のグループで、もう一度デビューの日を迎えました。
その後、本人は=LOVEとして実際に日本武道館のステージにも立ちました。2025年には、オーディションの募集を知るきっかけになった指原莉乃との時間をInstagramに残しています。
=LOVEとしての最初のステージから年月を重ねても、応募の入口になった指原莉乃との縁は続いています。2017年9月6日に「=LOVE」が発売された日から、大谷映美里の新しいアイドル活動が本格的に始まりました。
































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