逢田珠里依は昔どんな子?高校や家族構成、乃木坂・久保史緒里から≒JOYまで

ひと目でわかるプロフィール
逢田珠里依
あいだじゅりい
久保史緒里をきっかけにアイドルを好きになり、16歳で≒JOYに加入した東京都出身のアイドル。
生年月日
2005年9月13日
血液型
O型
身長
161cm
出身地
東京都
所属・活動形態
≒JOY
活動時代
令和アイドル
アイドル活動開始
2022年
活動開始時年齢
16歳
アイドルになったきっかけ
オーディション

≒JOYでステージに立つ逢田珠里依は、小学生のころからアイドルへの憧れを持っていました。ただ、その夢をすぐ周囲へ話していたわけではありません。自分とは遠い世界だと思いながら、胸の内で長く温めていました。

少女時代の逢田は、幼稚園のころから水泳を続け、小学5年生ごろには耳より短いショートヘアでバレーボール部に所属。10歳の自分が思い描いた将来には、テレビ局の制作側で働く姿もありました。

小学生のころから抱いていたアイドルへの夢を、親に初めて話したのは中学2年生のころでした。

2026年9月、≒JOY全国ツアーの埼玉公演では、新衣装でステージに立った姿を本人公式Xに公開しています。少女時代に遠くから見ていたアイドルは、現在では自分が立つステージになりました。

現在の公式プロフィールや本人SNSでは「逢田珠里依」の名義で活動しています。戸籍上の本名かどうかは公表されていません。16歳で≒JOYのメンバーになるまでには、長く抱いていた憧れと、複数のオーディションへの挑戦がありました。

逢田珠里依の生い立ち!小学生の頃から抱いていたアイドルへの夢

逢田珠里依は2005年9月13日生まれ。≒JOY公式プロフィールでは東京都出身とされています。出生地そのものは公表されておらず、公式情報で確認できるのは「東京都出身」という範囲です。

子どものころから芸能活動をしていた経歴は公表されていません。昔の話で先に出てくるのは、水泳や学校の部活動、テレビの中のアイドルを見ていた日常です。

幼稚園から8年間続けた水泳

長く続けた習い事のひとつが水泳です。本人は幼稚園のころから8年間習っていたと話しており、一通りの泳ぎができるようになりました。

私は幼稚園の頃から8年間水泳を習っていたんですが

出典:MusicVoice「≒JOYが語る『夏に欠かせない〇〇』メンバーの個性溢れる夏のルーティン」(2025年6月15日)

水泳は昔の習い事で終わっていません。大人になってからも夏になると区民プールなどへ行き、競泳水着でしっかり泳ぐことがあるそうです。2024年の夏には姉と何度か一緒に泳ぎに行きました。

小学5年生はショートヘアのバレーボール部員

小学5年生ごろには、すでにアイドルになりたいと思っていました。当時の髪型は耳より短いショートヘア。学校ではバレーボール部に入り、本人によると強豪というより「形から入る」スタイルで活動していました。

まだ自分が本当にアイドルになれるとは思っていない時期から、その仕事への憧れは始まっていました。

私は小学校5年生くらいからアイドルになりたかった

出典:VANITYMIX「≒JOY VANITYMIX WEB LIMITED INTERVIEW」(公開日記載なし)

アイドルになりたい気持ちはあっても、本当に自分がその世界へ入れるとは思っていませんでした。テレビの中の存在を遠くから見る感覚のまま、学校生活を送っていました。

乃木坂46・久保史緒里がアイドルを好きになったきっかけ

逢田珠里依に乃木坂46の在籍歴はありません。乃木坂46とのつながりとして本人が語っているのは、久保史緒里が、自分がアイドルを好きになるきっかけだったことです。

私がアイドルを好きになったきっかけは乃木坂46の久保史緒里さんなんです。

出典:vois「ニアジョイ『唯一無二のグループにしたい』新進気鋭のアイドルが目指す未来」(2022年8月17日)

小学生のころからアイドルが大好きだった一方、そのことを人に言うのは恥ずかしかったと振り返っています。自分もアイドルになりたいという気持ちまで、しばらくは周囲へ明かしませんでした。

10歳の手紙に書いていた「テレビ局で働く未来」

10歳ごろの1/2成人式では、20歳の自分へ手紙を書いています。大掃除のときにその手紙が出てきて、そこには20歳の自分がテレビ局で働けているかを尋ねる内容が残っていました。

本人によれば、当時考えていたのは出演者ではなくテレビ局の制作側。「20歳になったら開ける」はずの手紙にはすでに開封した跡があり、12歳くらいのころに一度読んでしまったのではないかと笑っています。

アイドルへの憧れと、テレビを作る仕事への興味が同じ少女時代にありました。将来の職業はまだ一本に決まっていませんでしたが、テレビの世界そのものは身近な憧れになっていました。

2025年の夏には浴衣姿で花火を楽しむ写真を本人公式Xに投稿しています。幼いころとは違い、すでにアイドルとして活動している時期の夏の一場面です。

逢田珠里依の家族構成は?父親・母親・姉とのエピソード

逢田珠里依の家族構成
実家のレモンを収穫していた
収穫したレモンを飲み物に使っていた
本人
逢田珠里依
現在も一緒に水泳へ行くことがある

本人のインタビューから、父親・母親・姉の存在が確認できます。一般人である家族の氏名や職業などは公表されていませんが、昔の家庭風景については逢田自身が具体的に話しています。

実家のレモンの木に残る父親・母親との記憶

実家にはレモンの木があり、実を収穫できる季節になると家の中まで香りが漂いました。季節になるたび繰り返される家族の日常として、今も本人の記憶に残っています。

父が袋いっぱいにレモンを収穫し

出典:MusicVoice「≒JOYが語る『夏に欠かせない〇〇』メンバーの個性溢れる夏のルーティン」(2025年6月15日)

母親は収穫したレモンを飲み物に入れ、幼い逢田自身も収穫を手伝いました。リビングやキッチンまで漂うレモンの香りと、家族で過ごしたその季節が結びついています。

中学2年生で親へ「アイドルになりたい」と打ち明けた

小学生のころからアイドルが好きだった逢田が、その夢を親へ話したのは中学2年生のころです。それまでは、アイドルが好きなこと自体を公言するのも恥ずかしく、ずっと黙っていました。

なぜアイドルになりたいと思ったのかも覚えていないほど、本人にとっては昔から自然にあった夢だったそうです。何年も胸の内に置いていた希望を、ここで初めて家庭の中で言葉にしました。

姉とは大人になってからも一緒に泳ぐ

姉との具体的な日常も本人のインタビューに出てきます。幼稚園から8年間続けた水泳は現在も姉と一緒に楽しむことがあり、夏には何度かプールへ出かけています。

2026年の成人の日には、母親と姉が着た振袖を本人も着用したことを公表しました。少女時代から成人後まで、母親や姉との時間が本人の昔話や発信の中に残っています。

逢田珠里依の学歴は?中学・高校時代と進路

逢田珠里依の学歴
小学校
学校名非公表
小学5年生頃はバレーボール部
中学校
女子校(学校名非公表)
本人がメイク禁止の女子校だったと回想
高校
学校名非公表
コロナ禍で学校へあまり行けなかったと回想

小学校・中学校・高校の具体的な校名は公表されていません。一方、中学校が女子校だったことや、高校時代がコロナ禍と重なったことは本人がインタビューで話しています。

中学校はメイク禁止の女子校

2026年の成人式の時期、逢田は中学校の同窓会へ参加しました。そこで振り返った中学時代から、通っていた学校が女子校で、校則としてメイクが禁止されていたことが分かっています。

メイク禁止の女子校だったので

出典:週プレNEWS「“ニアジョイ”のスタイル抜群美少女・逢田珠里依がこの1年で感じた自分の変化とは?」(2026年4月19日)

晴れ着を着てメイクをした同級生たちは、中学生だったころとは印象が大きく変わっていました。一瞬誰なのか分からないこともあり、本人はそこで大人になった実感を持ったそうです。

高校はどこ?具体的な校名は公表されていない

逢田珠里依の高校の具体的な校名は公表されていません。本人が明かしているのは、コロナ禍と重なった高校時代の学校生活についてです。

高校時代はコロナ禍と重なりました。本人は学校へあまり行けなかったと振り返っています。SNSで見かけた、教室でケーキをコップに取り分けるような誕生日パーティーにも憧れていました。

その憧れは学生生活ではかなわず、後に≒JOY「スイートシックスティーン」のMVで高校生らしい誕生日の場面を撮影したとき、本人は高校時代の心残りが少しなくなったと話しています。

高校卒業後の大学・短期大学・専門学校など、具体的な進学先は公表されていません。高校生の年代だった16歳で≒JOYのメンバーとなり、学校生活と並行する時期から本格的なアイドル活動へ入っています。

2025年9月、20歳になる4日前には「あと4日で10代終わる」と本人公式Xへ投稿しました。小学生から高校生まで続いた10代を終える直前の本人の言葉です。

≒JOYの前にもオーディションへ挑戦していた

≒JOYのオーディションは、逢田にとって最初のアイドルオーディションではありません。加入前にアンジュルムのオーディションを受けていたことを、2026年になって本人自身が明かしました。

その前史が明らかになったのは、アンジュルムの後藤花、平山遊季と再会したときです。≒JOYとして活動を始めてから数年後、別々のグループでアイドルになった2人が同じイベントで顔を合わせました。

アンジュルムのオーディションで後藤花と出会う

本人は公式Xの画像説明で、後藤花とは「アンジュルムさんのオーディションを受けさせていただいた時以来」の再会だったと記しています。受験した正確な年や審査段階までは本人から公表されていません。

後藤花もアンジュルム公式ブログで、逢田との再会を「奇跡の再会」と表現。昔と変わらず優しいお姉ちゃんだったという思いをつづっています。

アンジュルムのオーディションでは加入に至りませんでしたが、アイドルを目指す流れはそこで終わりませんでした。その先で巡ってきたのが、指原莉乃プロデュース第3グループのオーディションです。

指原莉乃プロデュース第3グループのオーディションへ

逢田は=LOVEと≠MEが大好きで、その憧れもあって第3グループのオーディションに参加しました。長くアイドルを見てきた側から、今度は自分が審査される側へ進みます。

2022年1月30日に最終審査が行われ、3月29日にメンバーのお披露目とグループ名「≒JOY」が発表されました。逢田は16歳でした。

≒JOY公式の「Documentary of ≒JOY -Episode1-『12通りの転機 -逢田珠里依・天野香乃愛・市原愛弓 編-』」には、加入初期の3人が記録されています。オーディションを通過すると、今度はアイドルとして人前へ立つための準備が始まりました。

合格が「ゴール」だった意識を変えた合宿

小学生のころから長く夢見てきただけに、まずオーディションへ合格することは大きな目標でした。ところが合格後の合宿では、歌やダンスを仕上げて人前へ立つための練習と向き合うことになります。

オーディションに合格することがわたしの中のゴールになっていて

出典:UtaTen「【インタビュー】≒JOY、アイドルとして活動することで変わった心境、これからのグループの成長について語る。」(2022年8月25日)

それまでの本人は、練習することが正直好きではなく、嫌だと感じると逃げ出してしまうところがあったとも話しています。合宿では求められる技量に届かず、悔しくて泣くことが何度もありました。

一方で、大好きだった=LOVEや≠MEの楽曲を細かな振り付けまで習えることはうれしかったといいます。憧れていたパフォーマンスを、今度は自分の身体で覚える時間になりました。

ダンスほぼ未経験からメンバーについていく練習

逢田はダンスをほとんど経験しないまま加入しました。最初は個性をどう出すかよりも、経験のあるメンバーに教わりながら、全員についていけるようになることを優先して練習していました。

表情も課題のひとつでした。寝る前に鏡を見て練習することを明かしており、振り付けだけではなく、ステージ上でどう見えるかを自宅でも確かめていました。

16歳で≒JOYへ!お披露目から初ステージまで

2022年3月29日、逢田珠里依は≒JOYのメンバーとしてお披露目されました。小学生のころには自分から遠い存在だと思っていたアイドルを、16歳で自分の活動として始めることになります。

本人にとって16歳は以前から特別な年齢でした。12歳か16歳でアイドルになりたいと思っていた時期があり、そのうちの16歳で実際にグループへ入りました。

16歳でグループに加入することができて

出典:VANITYMIX「≒JOY VANITYMIX WEB LIMITED INTERVIEW」(公開日記載なし)

7月3日「イコノイジョイ2022」で初ステージ

お披露目から約3か月後の2022年7月3日、富士急ハイランド コニファーフォレストで「イコノイジョイ2022」が開催されました。≒JOYにとって、この合同フェスが初ステージです。

=LOVEの「スタート!」「届いてLOVE YOU♡」を披露したあと、ファーストソング「≒JOY」をパフォーマンス。逢田が好きだった先輩グループと同じ会場で、今度は自分がアイドルとして客席の前へ立ちました。

逢田珠里依がアイドルになるまで
2005年9月13日
誕生
公式プロフィールでは東京都出身
幼稚園頃
水泳を始める
8年間水泳を習う
小学5年生頃
アイドルを夢見る
バレーボール部に所属しながらアイドルへの憧れを持つ
中学2年生頃
親へアイドル志望を伝える
長く胸の内にあった夢を初めて親へ話す
≒JOY加入前
アンジュルムのオーディションに挑戦
後藤花との再会を伝えた本人公式Xで受験歴を明かす
2022年1月30日
第3グループオーディション最終審査
指原莉乃プロデュース第3グループの最終審査を通過
2022年3月29日
≒JOYメンバーとしてお披露目
16歳で≒JOYのメンバーとして発表される
2022年7月3日
「イコノイジョイ2022」で初ステージ
富士急ハイランド コニファーフォレストで本格的なステージ活動を開始
2024年1月17日
デビュー・ミニアルバム発売
「きっと、絶対、絶対」を発売しCDデビュー

2024年1月17日には、デビュー・ミニアルバム「きっと、絶対、絶対」を発売してメジャーデビュー。グループとしての活動開始は2022年で、CDでのデビューはその約2年後です。

2026年6月には、21歳の誕生日となる9月13日に1st写真集を発売することを本人が発表しました。撮影地はベトナムで、本人は写真集を出せることについて「夢にも思っていなかった」と伝えています。

20歳の誕生日には、16歳で≒JOYになり、20歳を≒JOYとして迎えられた喜びも発信しています。小学生のころに遠くから眺めていたアイドルは、10代後半の毎日を過ごす場所になりました。

最初のステージに立った2022年7月3日から、逢田珠里依の本格的なアイドル活動は始まりました。幼いころに胸の内で描いていた夢は、オーディションと合宿を経て、ステージ上の日常へ変わっています。

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