江角怜音の本名や生い立ちは?空手に打ち込んだ学生時代からアイドルになるまで

ひと目でわかるプロフィール
江角怜音
えすみれのん
大阪で空手に打ち込み、母親の応募をきっかけに≒JOYへ
生年月日
2005年4月26日
血液型
B型
身長
160cm
所属・活動形態
≒JOY
活動時代
令和アイドル
アイドル活動開始
2022年
活動開始時年齢
16歳
アイドルになったきっかけ
オーディション・家族の影響・勧め

≒JOYのファーストソング「≒JOY」でセンターを務め、その後もグループの中心でステージに立ってきた江角怜音。凛とした表情や力強いパフォーマンスから、最初からアイドルを目指していたように見えるかもしれません。

けれど、アイドルになる前の江角は大阪で空手に打ち込み、人前に出ることも得意ではありませんでした。本人がオーディションを探して応募したわけでもありません。

≒JOYへの入口になったのは、母親が応募したオーディションでした。

空手部で朝から晩まで練習していた学生時代、家族と囲んだたこ焼き、大阪から東京へ移った直後の戸惑い。そこから初めて大勢の観客の前に立ち、「楽しい」と感じるまでを順にたどります。

なお、公式プロフィールでは一貫して「江角怜音」の名前で活動しています。一方、この名前が本名であると明記した公式発表はなく、本名については公表されていません。

江角怜音は大阪でどんな少女時代を過ごした?空手に打ち込んだ日々

江角は大阪府出身。後年、大阪の友人と話すと関西弁が強く戻ると話しており、東京で生活するようになってからも地元との距離は近いままです。大阪へ帰ると、どて焼きを食べることも楽しみにしていました。

子どものころの食べ物では、かき氷ならブルーハワイ一択。他のシロップには目もくれず、ずっとブルーハワイを選んでいたと振り返っています。夏の食卓には、家族や友人と過ごした大阪らしい風景もありました。

空手部では朝から晩まで練習、部長も経験

少女時代を語るうえで外せないのが空手です。学生時代は空手部に所属し、試合へ向けて毎日練習。本人の表現では、朝から晩まで「一生練習しています」という感覚になるほど、長い時間を道場で過ごしていました。

空手には型と組み手があり、江角は型の側で自分より年上の先輩がいなかったため部長になったと説明しています。本人は「勝手に部長にさせられた感じ」と笑い、威厳のある部長像とは少し違ったとも振り返っています。

空手部時代は基本、すべての返事が『押忍』でした

出典:THE FIRST TIMES「≒JOY江角怜音が語る『大空、ビュンと』MV撮影秘話」(2023年8月13日)

返事まで「押忍」が染みついていた空手部生活。≒JOYのお披露目へ向かうバスで、初対面だった大信田美月に「あ、うっす」と返したと後からいじられたこともあります。江角本人は「こんにちは」と言ったと否定していました。

空手の記憶はアイドルになってからも残っている

アイドルになったあとも、空手は江角の昔を象徴する話としてたびたび登場します。2026年にはテレビの生放送で瓦割りに挑み、成功。本人のInstagramにも、その日の出来事が残されています。

同じ投稿では、子どものころからテレビの前で「めざましじゃんけん」に参加していたことも明かしています。空手だけでなく、後年になって昔の小さな習慣が仕事の場とつながることもありました。

江角怜音の家族構成は?母親・父親とのエピソード

江角怜音の家族構成
本人に知らせず≒JOYオーディションへ応募
本人
江角怜音

江角の昔話には、両親との場面がいくつか残っています。特に母親は、家庭の日常だけでなく、のちに江角が芸能界へ入る直接のきっかけにも関わる人物です。兄弟姉妹については、本人や公式から確かな公表はありません。

江角家の夏はバーベキューとたこ焼き

大阪で暮らしていたころ、夏になるとバーベキューやたこ焼きパーティーをするのが恒例でした。友人を呼んでたこ焼きを作ることもあり、江角家では具にこんにゃくを入れ、チーズやケチャップを加えることもあったそうです。

メンバーの逢田珠里依は、江角と江角の母親とのたこ焼きパーティーに参加したことがあります。逢田がうまく焼けなかったとき、江角と母親が手伝ってくれたと話しており、2人ともたこ焼きを焼くのが上手だったそうです。

絶対に必要だと思って、上京した初日に買いに行きました(笑)。

出典:MusicVoice「≒JOYが語る『夏に欠かせない〇〇』メンバーの個性溢れる夏のルーティン」(2025年6月15日)

これは東京で使う大きなたこ焼き器についての言葉です。実家から持ってきたのではなく、上京初日に自分で買いに行きました。東京で一人暮らしを始めても、夏には一人でたこ焼きを作る習慣が残りました。

2026年1月には、母親と浜松へ旅行した様子もInstagramへ投稿。「おかん」が写真撮影を頑張ってくれたと記しており、アイドルになったあとも母娘で出かける場面が見えます。

両親との会話から好きになったアメリカ車

家族との時間は、江角の趣味にもつながっています。昔、映画「トランスフォーマー」でシボレー・カマロを見て格好いいと思ったころ、両親も自動車のカタログを眺めながらアメリカ車について話していました。

その会話の中でカマロという車を知り、後年の自動車企画では江角自身が乗ってみたい車としてカマロをリクエストしています。家庭の何気ない会話が、長く残る好みの一つになっていました。

江角怜音の学歴は?中学・高校時代と学生生活

江角怜音の学歴
高校
高校(学校名非公表)

江角の中学校・高校について、具体的な学校名は公式には公表されていません。空手大会の記録などから学校名を推測する情報もありますが、同姓同名の記録だけを根拠に出身校と断定することはできません。

学校名は分からなくても、学生時代の過ごし方は本人の言葉からかなり具体的に見えてきます。空手部では試合を目指して長時間練習し、部長も務めました。

16歳で生活の方向が大きく変わった

2005年4月生まれの江角は、2022年1月30日の≒JOYオーディション最終審査時点で16歳でした。16歳だった時期に、本人がそれまで想定していなかった芸能活動への道が突然開きます。

本人は後年、もともとアイドル志望ではなかったと繰り返し話しています。歌もそれまで本格的に取り組んだ経験がなく、アイドルの曲をよく聴いていたわけでもありませんでした。

それまで続けてきた空手と、これから始まる歌やダンスのレッスンはまったく別の世界でした。2022年春からは、≒JOYのメンバーとしての時間が始まります。

アイドル志望ではなかった江角怜音が≒JOYオーディションへ

江角が≒JOYのオーディションを受けた直接のきっかけは母親でした。本人が募集を見つけて応募したのではなく、知らないうちに母親が応募していたと本人やインタビュー記事で語られています。

2022年1月30日に最終審査が行われ、江角は合格。3月29日にはメンバーのお披露目とともに「≒JOY」というグループ名が発表されました。わずか2か月ほどで、生活の前提が大きく変わっていきます。

母親が応募、本人は「合格するつもり」で来たわけではなかった

最終審査へ進んでも、江角には「絶対にアイドルになる」という一直線の覚悟が最初からあったわけではありません。合格が決まった瞬間の戸惑いを、後のインタビューでそのまま言葉にしています。

合格のつもりで来たんじゃないのに、あれ……

出典:音楽ナタリー「≒JOY特集 インタビュー+手書きメッセージ」(2022年8月4日)

2026年のグループ4周年の日には、江角が最終審査で着ていた服をもう一度着て写真を公開しました。審査から4年たった本人が、当時の服を「懐かしい」と振り返った公式Xの投稿です。

合格直後の宣材撮影で感じた「別世界」

合格のあと、すぐに宣材写真の撮影がありました。そこで何人かのメンバーに会った江角は、周囲のかわいさに驚き、自分がそれまでいた場所とは違う「別世界」に来たような感覚になったと振り返っています。

それまで聴いてきた音楽も、アイドル以外のアーティストが中心。芸能活動の経験を重ねてきたわけでもなく、合格したからといってすぐに自分をアイドルだと思える状態ではありませんでした。

お披露目へ向かうバスでは人見知りも出ていました。大信田美月は、最初に話したメンバーが江角だったと回想し、第一印象では「かなりパンチの効いた子」がいると思ったと話しています。その後は、江角が真ん中にいるとグループが締まるとも評しました。

≒JOY公式のドキュメンタリーには、お披露目の舞台裏や宣材写真撮影、歌唱チェックなど、まだ活動が始まったばかりの時期が残されています。完成したアイドル像より前の江角を見ることができる映像です。

4年後のInstagramでは、≒JOY結成4周年をメンバーと祝う写真を掲載しました。2022年3月に初めて並んだメンバーたちと活動を続け、同じ結成日を迎えている現在の一枚です。

大阪から東京へ上京、初ステージまでの日々

加入が決まると、江角は大阪から東京へ上京しました。地元を離れ、初めての芸能活動とレッスンが始まります。東京へ来た直後は、生活の小さな違いにも慣れるまで時間がかかりました。

たとえばエスカレーター。大阪で身についた感覚のまま右側に立ち止まってしまい、東京の人の流れに合わせられるようになるまで約2か月かかったと話しています。上京は、レッスン以外の日常から変わる出来事でした。

わたし、やっていけるのかなぁ

出典:UtaTen「≒JOY、アイドルとして活動することで変わった心境、これからのグループの成長について語る。」(2022年8月25日)

厳しいレッスンも、メンバーと過ごすうちに変わった

東京で暮らし始めたころは不安のほうが大きかった江角ですが、合宿を含めてメンバーと一緒に過ごす時間が増えるにつれ、感覚が変わっていきます。厳しいレッスンでも、仲間と取り組むことを楽しいと感じるようになりました。

歌は特に新しい課題でした。後年のインタビューでも、加入前は本格的に歌ったことがなかったと話しています。センターとして歌い出しを任される場面も増えるなか、レッスンを続ける必要がありました。

自分はここにいてもいいのかな?

出典:タウンワークマガジン「江角怜音(≒JOY)インタビュー」(2024年10月16日)

当時は目の前のことをこなすのに必死で、「仕事」という意識にまで届かないほど無我夢中だったといいます。自分から長年目指してきた世界ではなかったからこそ、合格したあとに気持ちが追いつく時間が必要でした。

人前が苦手だった江角怜音がステージを「楽しい」と感じるまで

江角は加入前だけでなく、加入後もしばらく人前に出ることが苦手でした。その感覚が変わったのが、2022年7月3日に富士急ハイランド・コニファーフォレストで開催された「イコノイジョイ 2022」です。

=LOVE、≠MEと同じイベントに≒JOYとして出演し、大勢の観客の前でパフォーマンス。練習はつらかったものの、本番ではそれを上回るほどの楽しさを感じたと本人は振り返っています。

人前に出ることが苦手だった少女が、大勢の前で踊ることを「楽しい」と感じたのが、最初の大きなステージでした。

この経験のあと、江角は「とにかく頑張ろう」という気持ちで日々を過ごすようになります。オーディション合格だけではまだ追いついていなかった実感が、ステージ上で少しずつ形になっていきました。

ファーストソングのセンターへ!江角怜音がアイドルとして歩き始める

≒JOYのファーストソング「≒JOY」で、江角はセンターを担当しました。アイドルになることを長年の夢として準備してきたわけではない本人にとって、合格に続いてセンターという役割まで与えられたことは、さらに大きな戸惑いでした。

センターを告げられたときはパニック

センターに選ばれたことは、指原莉乃からの音声メッセージで知りました。江角は最初、「本当に自分でいいのか」という思いが強く、ほかに適任のメンバーがいるのではないかと考えたと話しています。

UtaTenのインタビューでは、知らせを聞いた瞬間は「ワーッ!!」とパニックになったと回想。それでも、選ばれた以上は期待を上回るように頑張ると気持ちを切り替えていきました。

メンバーの大信田美月も、最初は人見知りだった江角について、グループの真ん中にいると全体が締まり、センターにいないと違和感を覚えるほどになったと語っています。初対面のバスの空気から、数か月で見え方が変わっていました。

江角怜音がアイドルになるまで
2005年4月26日
江角怜音が誕生
公式プロフィール上の出身地は大阪府
学生時代
空手部で練習を重ね、部長を務める
2022年1月30日
≒JOYオーディション最終審査
母親の応募をきっかけに参加
2022年3月29日
≒JOYメンバーとしてお披露目
グループ名「≒JOY」も同日に発表
2022年前半
大阪から東京へ上京
加入後、レッスンと活動のため生活拠点を移す
2022年7月3日
「イコノイジョイ 2022」でステージへ
大勢の観客の前でのパフォーマンスを楽しいと感じる
2024年1月17日
デビュー・ミニアルバムを発売
「きっと、絶対、絶対」でメジャーデビュー

2022年1月の最終審査、3月のお披露目、大阪からの上京、7月の初ステージ。短い期間に起きた出来事を並べると、江角がアイドルとして活動を始めるまでの速さがよく分かります。

2024年1月17日、≒JOYはデビュー・ミニアルバム「きっと、絶対、絶対」を発売してメジャーデビューしました。2022年3月のお披露目から約1年10か月後です。江角自身はデビュー発表時、驚きのほうが強かったものの、次第に実感が湧き、不安よりワクワクが勝っていたとコメントしています。

江角の個人Instagramには、ステージや楽曲のオフショットも増えています。空手部で「押忍」と返事をしていた大阪の学生が、母親の応募をきっかけに知らない世界へ入り、今は自分の歌やパフォーマンスを届ける側にいます。

大阪から始まった江角の少女時代は、2022年のオーディションで急に進路を変えました。最初のステージで人前に立つ楽しさを知り、センターとして歌い始めたところから、江角怜音のアイドルとしての時間が本格的に動き出しました。

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