2022年から≒JOYのメンバーとして活動し、2026年もステージに立ち続ける天野香乃愛。その前の少女時代には、小学生で芸能の仕事を経験した記録が残っています。
2015年、天野はまだ小学3年生。お風呂の防カビ剤を題材にしたスペシャルCMの子役オーディションに参加し、約1500人の応募者から選ばれた5人のひとりになりました。
小学3年生のころ、約1500人から5人に選ばれる子役CMオーディションを突破していました。
そのころの取材には、好きな食べ物や家での過ごし方、姉や弟との関係、父親が見ていた普段の様子まで残っています。のちにアイドルを目指し、指原莉乃プロデュースの新グループの募集を待つようになるまで、少女時代の出来事を時系列で追っていきます。
天野香乃愛はどんな子だった?小学3年生で子役CMオーディションに合格
2015年8月から9月にかけて募集された「ルックおふろの防カビくん煙剤」のスペシャルCMオーディションには、約1500人が参加しました。書類審査を通ったのは約150人で、面談を経て採用された子役は5人。倍率は約300倍でした。
その5人の中に、当時8歳、小学3年生だった天野香乃愛がいました。担当したのは「銀レンジャーイエロー役」。全国のローカルヒーローとタイアップした企画で、ヒーロー側の子役として撮影に参加しています。完成したスペシャルCMは、テレビCM・WEB・店頭を含む形で放送・配信されました。当時の記事には、オーディションで使用した本人のプロフィール写真も掲載されています。
オーディション運営者は、子役選考では元気の良さを重視したと説明しています。大人を前にすると緊張して声が出なくなる子も多いなか、物怖じせず笑顔で話せる子をさらに選考したという審査でした。天野は書類選考を通過し、その面談を経て5人に残っています。
応募のきっかけは、登録していたオーディション情報サイト「デビュー」で募集を見つけたことでした。その後、ライオンのサイトで詳しい内容を確認して応募しています。書類の自己PRには、CMに出られたら元気な演技をしたいという意気込みを書いていました。
楽しかったです。
出典:PR TIMES「“かわいすぎるヒーロー達”ルックおふろの防カビくん煙剤 スペシャルCM 競争倍率300倍 気になる子役オーディションの裏側とは!?」(2015年12月16日)
オーディション自体は楽しかった一方、アクションに取り組むのは初めてで難しさもあったそうです。撮影でも最初は緊張していましたが、現場では元気に演じることができたと答えています。
当時の好物は寿司と和菓子。野菜は食べられるものもあるものの、苦手なものが多かったと話していました。習い事はひとつに決めて長く続けていたというより、期間限定で興味のあるものに参加し、自分に合うものを探していた時期でした。
8歳の天野が将来について聞かれたとき、答えたのは特定の職業名ではありませんでした。
テレビにでて見ている人達を喜ばせるような事をしたいです。
出典:PR TIMES「“かわいすぎるヒーロー達”ルックおふろの防カビくん煙剤 スペシャルCM 競争倍率300倍 気になる子役オーディションの裏側とは!?」(2015年12月16日)
この子役CM以外について、幼少期に継続して多数の芸能作品へ出演していたと示す公式な経歴は公表されていません。子役時代の具体的な公開記録として残っているのが、この2015年の出演と取材です。
天野香乃愛の家族構成は?父親・姉・弟とのエピソード
小学3年生当時の取材には、父親のほか、当時20歳だった姉と2歳だった弟が登場しています。母親については、本人や所属先から家族構成を詳しく紹介した公表情報がないため、氏名や職業などは明らかになっていません。
姉とはよく喧嘩、幼い弟とはよく遊んでいた
天野は2015年の取材で、姉・自分・弟の3人きょうだいだと答えています。姉とは12歳ほど、弟とは6歳ほど年齢が離れていました。
姉とはよく喧嘩をする一方、まだ2歳だった弟とは仲が良く、よく一緒に遊んでいたそうです。年齢差の大きい姉と幼い弟にはさまれた、小学生時代の日常がうかがえるエピソードです。
家のお風呂掃除には決まった担当がなく、そのときできる人がする形でした。天野自身も、よほど忙しくない限りは毎日何かしら家の手伝いをするようにしていたと話しています。
成長後も姉との時間は続いています。2025年10月には、本人の公式Instagramで姉とディズニーへ出かけたことを紹介。姉のリュックの取っ手につかまって、はぐれないようにしたという姉妹の小さな出来事も残しています。
父親から見ると「おとなしく、落ち着いた子」
同じ取材では父親も娘の普段の様子を語っています。家では基本的におとなしく、周囲からも落ち着いていると言われることが多かったそうです。子役オーディションで大人を前に元気に自己PRした姿とは、少し違う日常の一面です。
休日は家族でどこかへ出かけ、みんなで行動することが多い家庭でした。弟がまだ小さかったため移動は車が中心で、運転できる父親が毎回ハンドルを握っていたといいます。成人していた姉は、家族とは別行動になることも多かったそうです。
子役オーディションの合格を知った父親は、応募者が多いだろうと考えていたため驚いたと振り返っています。審査は本人だけが別室で受けており、父親自身も娘がその場でどこまでアピールできたのかは分からなかったそうです。
父親は、日頃から常識ある行動をすることや、自分がされて嫌なことを人にしないことを伝えていました。将来について特定の道を決めるのではなく、本人がやりたいことをできるようにしたいと考え、いろいろなことへ興味を持つよう声をかけていたことも明かしています。
CM撮影後も、すぐに家での様子が大きく変わったわけではありません。ただ、父親は本格的な撮影が初めてだったことに触れ、8歳なりに仕事の楽しさだけでなく大変さも経験したようだと見ていました。
天野香乃愛の学歴は?小学校から高校卒業、大学進学まで
天野香乃愛の小学校・中学校・高校について、本人や≒JOY公式は具体的な学校名を公表していません。一方、2015年には小学3年生で、≒JOYとして活動した高校生活を経て、2025年に高校を卒業しています。
小学校3年生でCM撮影を経験
2015年の子役取材には「小学3年生」と明記されています。学校名は公表されていませんが、当時は学校生活を送りながらオーディションに応募し、本格的なCM撮影を経験した時期でした。
中学校についても正式な学校名は公表されていません。高校と同様、具体的な校名は本人や所属先から明かされていません。
出身地として公式に示されているのは埼玉県までで、地元の市区町村や通学先を結び付ける公表資料もありません。
高校生活は≒JOYの活動と重なった
≒JOYとして活動を始めた2022年は、天野の高校生活と重なる時期でした。アイドルとしてのレッスンやライブ、イベントに参加する一方で、学業も続けています。
2024年12月には、≒JOY運営事務局が「学業のため」として、2025年1月4日と2月8日のイベントを天野が休演すると発表しました。高校生活の終盤まで、芸能活動と学校の予定が並行していたことが公式のお知らせにも残っています。
そして2025年4月4日、本人が高校卒業を公式Xで報告しました。
卒業報告にはメンバーからも反応が寄せられました。髙橋舞は、天野がきちんと勉強していた姿を見ていたとコメント。小澤愛実も、普段から教科書を持ち歩いて勉強していたことを振り返っています。
同じ春には、東京ニュース通信社の「B.L.T.graduation2025中学・高校卒業」に山野愛月とともに登場。≒JOY公式も掲載情報を告知しており、高校卒業の節目を扱った企画に参加しています。
大学進学先は公表されていない
高校卒業後の大学進学について、本人や≒JOY公式は進学先を公表していません。
大学名や進学先は明らかになっていません。高校卒業後も≒JOYとして活動を続けていますが、大学へ進学したかどうかについても本人から発表はありません。
アイドルを目指したきっかけは?指原莉乃プロデュースの募集を待っていた
8歳で子役CMを経験した天野ですが、その出演がそのまま≒JOY加入へ続いたとする本人の説明はありません。アイドルを目指すようになった経緯は、2022年のインタビューで本人自身が詳しく話しています。
もともとは「趣味と言えるものがなかった」といい、いつの間にか可愛い女の子を見ることが好きになりました。そこからアイドルに目を向けると、可愛さだけでなく、パフォーマンスや努力する姿にも惹かれるようになったそうです。
さらに、受けるオーディションも何でもよかったわけではありません。指原莉乃がプロデュースするグループに入りたいという希望がありました。
オーディションが開催されるのを待っていました。
出典:vois「ニアジョイ『唯一無二のグループにしたい』新進気鋭のアイドルが目指す未来」(2022年8月17日)
2021年10月、=LOVE、≠MEに続く「第3のグループ オーディション」が始まりました。天野にとっては、待っていた条件そのものの募集でした。
加入後のインタビューで「狙っていたものに受かった」と声をかけられると、天野は運をすべて使い果たしたと冗談を交えて返しています。待っていたオーディションに実際に合格した直後の本人の反応でした。
合格後には、≒JOY公式YouTubeでドキュメンタリー「12通りの転機」が公開されました。逢田珠里依・天野香乃愛・市原愛弓の回では、オーディションを受けたきっかけから最終審査、お披露目までの過程が映像でまとめられています。
2022年1月の最終審査から≒JOYお披露目へ
オーディションの最終審査は2022年1月30日に行われました。その約2か月後の3月29日、指原莉乃プロデュースの第3のグループがお披露目され、グループ名が「≒JOY」であることも発表されます。当日の会見では、天野を含む12人が初期メンバーとして紹介されました。
お披露目時の天野は15歳。報道陣からアイドルを目指したきっかけを聞かれると、歌番組で見るアイドルが輝いて見え、つらいときに元気をもらっていたと振り返りました。
私もそんな存在になりたいと思い、アイドルを目指しました。
出典:ORICON NEWS「指原莉乃プロデュースの新グループ『≒JOY』 アイドル目指したきっかけは『小学生の頃HKT48さんを見て』」(2022年3月29日)
この会見で、憧れのアイドルとして名前を挙げたのは≠MEの本田珠由記でした。第3のグループのメンバーとして名前が公になり、ここから≒JOYとしてステージへ向けた準備が進んでいきます。
お披露目後は、メンバー同士の関係をまだ十分に作れていない時期に3日間の合宿も経験しました。後のインタビューで天野は、その時間を通してメンバーを知り、「ニアジョイとして活動していく」という実感を持つようになったと振り返っています。
初ステージでアイドル活動が始まり、CDデビューへ
2022年7月3日、富士急ハイランド・コニファーフォレストで開催された「イコノイジョイ 2022」に≒JOYが出演しました。天野たちにとって、これがグループとしての初ステージです。
同日には、≒JOYのファーストソング「≒JOY」も配信リリースされました。3月のお披露目から約3か月、歌とダンスを届けるアイドルとしての活動がステージ上で形になりました。
初ステージ後のインタビューでは、お披露目から「イコノイジョイ 2022」までの時間を、すべてが一瞬だったように感じていたと振り返っています。目の前の予定に対して、まずはやり遂げなければという気持ちで過ごしていた時期でした。
同じころ、天野が自分の課題として挙げていたのが表情です。表情のバリエーションが少ないと感じ、先輩たちの映像を見て研究していました。映像を細かく見ながら、先輩は瞬きが少ないと気付き、いろいろな表情を出せるよう練習していたそうです。
2023年9月3日には、パシフィコ横浜 国立大ホールで≒JOY初の単独コンサート「初めまして、≒JOYです。」が昼夜2公演で開催されました。天野はこの公演で、指原莉乃のソロ曲「それでも好きだよ」も披露しています。
この1stコンサートでは、2024年1月にソニー・ミュージックレーベルズからメジャーデビューすることが発表されました。天野にとって、その知らせは想像していたより早いタイミングだったそうです。
しっかりと実力をつけて、デビューに向けてさらに力を付けていきたいなと気が引き締まりました。
出典:音楽ナタリー「≒JOY『きっと、絶対、絶対』インタビュー 指原莉乃プロデュース第3のグループがついにデビュー」(2024年1月17日)
2024年1月17日、≒JOYはデビュー・ミニアルバム「きっと、絶対、絶対」を発売しました。天野は17歳の誕生日を4日後に控えた時期で、2022年3月のお披露目から約1年10か月でCDデビューの日を迎えました。
デビュー後もライブやツアーを重ね、その姿は本人の公式Instagramにも残されています。
2026年8月5日には、天野香乃愛と市原愛弓がダブルセンターを務める≒JOYの5thシングル「サマーツインテール」が発売されました。
































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