鈴木瞳美は昔「ふわふわ」で活動!家族構成や学歴、≠ME加入までの生い立ち

ひと目でわかるプロフィール
鈴木瞳美
すずきひとみ
モデルを夢見て「ふわふわ」を経て≠MEへ進んだ東京都出身のアイドル
生年月日
2001年4月13日
血液型
B型
身長
159.5cm
出身地
東京都
所属・活動形態
≠ME
活動時代
平成アイドル
アイドル活動開始
2015年
活動開始時年齢
14歳
アイドルになったきっかけ
スカウト

≠MEのステージで活動する鈴木瞳美さん。本人が振り返る子ども時代には、木に登り、虫を追いかけて外で遊ぶ少女の姿がありました。

小さいころから憧れていたのはモデルの世界です。雑誌を見るのが好きで、将来はモデルになりたいと思っていた鈴木さんは、中学生になると芸能界との最初の接点を持つことになります。

≠MEに入る前、鈴木瞳美さんは「ふわふわ」のメンバーとしてすでにアイドルのステージに立っていました。

幼少期の遊び、両親や姉との日常、中学受験や吹奏楽部、「ふわふわ」での活動、いったんアイドルを離れて働いたファミレス、そして≠MEのオーディションへ。鈴木瞳美さんが現在のグループにたどり着くまでを、昔の具体的な場面から追っていきます。

鈴木瞳美の幼少期は?木登りとプリキュアが好きな少女時代

鈴木瞳美さんは公式プロフィールで東京都出身と公表されています。生まれた場所そのものは公式に明記されていませんが、本人が語ってきた幼少期の記憶には、現在の落ち着いた雰囲気とは少し違う、外遊びが好きな姿が残っています。

家の中ではアニメやゲームにも夢中でした。中でも「プリキュア」は家族との思い出が重なる作品で、日曜の朝、母親に起こしてもらってテレビを見る時間が定番だったと話しています。

木登りやバッタ捕りで真っ黒に日焼け

TVガイドWebの幼少期インタビューで、鈴木さんは子どものころの自分を「すごくわんぱく」だったと振り返っています。休日は家にこもって寝ていることが多いという大人になってからの過ごし方とは対照的でした。

小さい頃は木登りをしたりバッタを捕まえに行ったりしていたらしくて(笑)。

出典:TVガイドWeb「『ノイステコラム』#6★蟹沢萌子、川中子奈月心、鈴木瞳美のかわいらしいエピソードに思わずほっこり! 3人の幼少期に迫ります」(2023年6月28日)

木に登るだけでなく、バッタを捕まえに出かけるほど外で遊び、日焼けで肌が真っ黒になっていたそうです。本人は昔から自我がはっきりしていて、自分の希望を口にできるところは今も変わらないとも話しています。

キュアレモネードに夢中!母とショー、父と映画へ

外遊びと並んで、少女時代の記憶に強く残っているのが「Yes!プリキュア5」と「Yes!プリキュア5GoGo!」です。ゲームソフトで遊び、キュアレモネードの着せ替えをプレゼントしてもらって、プリキュアごっこもしていました。

小さい頃から毎週日曜日の朝は母に起こしてもらってアニメを観ていました!

出典:コミックナタリー「『プリキュア』ダンスを私立恵比寿中学、≠ME、BEYOOOOONDSが踊る!1000回放送記念で」(2024年5月27日)

母親とはプリキュアショーへ行き、父親には映画へ連れて行ってもらいました。作品そのものだけでなく、母と父と一緒に出かけた時間まで含めて、鈴木さんにとってのプリキュアの記憶になっています。

小さい頃の夢はアイドルではなくモデル

芸能界への憧れは早くからありましたが、最初に思い描いていた職業はアイドルではなくモデルでした。雑誌が好きでモデルに憧れ、後年のインタビューでもモデルの仕事を「小さい頃からの夢」と話しています。

≠ME加入後もモデルへの思いは続きました。母親がタイ出身であることから身近だったタイ語のリスニングと、前髪をきれいに作ることを特技に挙げるなど、後に知られる鈴木さんのプロフィールにも少女時代から家庭で積み重なったものが表れています。

鈴木瞳美の家族構成は?タイ出身の母・父・姉とのエピソード

鈴木瞳美の家族構成
幼少期に映画へ連れて行った
タイ出身
2022年時点でタイ在住
本人
鈴木瞳美

鈴木瞳美さんは父親、母親、姉について本人のインタビューで具体的な思い出を明かしています。一般人である家族の氏名や職業などは公表されていませんが、食卓やお菓子作り、タイとのつながりなど、家庭の日常が見える話は少なくありません。

母とはタイ語と日本語で会話

母親はタイ出身です。鈴木さんはタイ語のリスニングを特技に挙げており、家では母親がタイ語で話し、鈴木さんが日本語で返す形の会話が多いと説明しています。

2023年には、本人にとって縁のあるタイで1st写真集「ひとめぼれ」を撮影しました。家族のルーツがある国は、芸能活動の中でも本人が再び足を運ぶ場所になっています。

ナンプラー入り卵焼きと母のタイ料理

家庭の食卓にもタイの味がありました。鈴木さんが自分で作れる料理として挙げたのは卵焼きで、一般的な甘い味付けではなく、ナンプラーを使うのが「鈴木家」の作り方です。

私の家の卵焼きは、母がタイの人ということもあってナンプラーを入れます。

出典:JG「『ジェイジー』(vol.119)『ケンズカフェ東京』イメージガール・鈴木瞳美さん【≠ME(ノットイコールミー)】インタビュー」(2022年4月1日)

母親は料理が得意で、タイラーメンを作るときにはスープを一日中煮込むこともあるそうです。鈴木さんは母親が目分量でもおいしく料理できることに驚き、自分は材料を量ってもなかなか同じようには作れないと笑っています。

父に渡した「卵なしカップケーキ」

家族の誕生日やクリスマスには、鈴木さん自身がお菓子を作ることもありました。いちごが好きで、スポンジの間へ好きなだけいちごを挟んだケーキや、サンタクロースの顔を模したホールケーキを作ったこともあります。

一方、バレンタインのカップケーキでは大失敗もありました。電子レンジで加熱している途中、ボウルのそばに卵が残っていることに気付き、出来上がったのは膨らまず、せんべいのように固いケーキ。鈴木さんはその失敗作をすべて父親に渡したと話しています。

タイで暮らす姉がずっと活動を応援

鈴木さんには姉がいます。2022年のインタビューでは、姉はタイ国籍でタイに住んでおり、最後に会ったのは鈴木さんが小学1年生のころだったと明かしていました。

長く直接会えていない一方で、姉は鈴木さんの活動をずっと応援していました。鈴木さんは、いつかタイでライブをして、姉に自分がステージへ立つ姿を生で見てもらいたいとも話しています。

家で一緒に過ごした存在として、愛猫の「じろう」もたびたび本人の話に登場します。鈴木さんは2023年、じろうが「すずき家」に来てから約12年だったこと、散歩や昼寝をしたことなどを公式Instagramで振り返りました。

鈴木瞳美の学歴は?中学受験・吹奏楽部・高校時代

鈴木瞳美の学歴
小学校
学校名は公表されていません
中学受験に向けて勉強
中学校
学校名は公表されていません
吹奏楽部に1年間所属
高校
学校名は公表されていません
芸能活動と学業を両立して卒業

鈴木瞳美さん本人や≠MEの公式プロフィールでは、小学校・中学校・高校の具体的な学校名は公表されていません。ただし本人のインタビューから、中学受験に取り組んだ小学生時代、吹奏楽部に入った中学生時代、学校と芸能活動を両立した高校時代の過ごし方は分かっています。

小学校では中学受験に向けて勉強

小学生のころ、鈴木さんは中学受験に取り組んでいました。後年、物事を途中で諦めがちだった昔の自分について話す中で、受験勉強をしていた時期を振り返っています。

こう見えて中学受験もしていて、小学校では勉強を頑張っていました

出典:タウンワークマガジン「鈴木瞳美(≠ME)インタビュー『アイドルを仕事として中途半端にしなかったことで、何でも諦めがちだった自分が強くなれました』」(2021年11月9日)

幼いころから芸能界への憧れもありましたが、小学校ではまず勉強へ向き合う時間がありました。その後、中学生になると学校生活の中にも、芸能活動をしたいという気持ちが具体的に入り込んできます。

中学は吹奏楽部を1年で退部し芸能活動へ

中学校では吹奏楽部に入りました。ただ、在籍したのは1年間。本人は芸能活動をやりたい思いもあり、部活動を辞めたと話しています。

この時期には、もともとの夢だったモデルを目指してオーディションを受けるなど、学校の外へも目を向けていました。やがて中学生のある日、予定していたバスを乗り間違えたことから原宿へ行き、そこで芸能事務所からスカウトを受けます。

バスを乗り間違えた日の原宿が、鈴木瞳美さんと芸能界を直接つなぐきっかけになりました。

高校では学校とアイドル活動を両立して卒業

高校時代はすでに芸能活動と学校生活が重なっていました。さらに高校生の途中で≠MEへ加入すると、朝早く起きて学校へ行き、夕方からレッスンへ向かう日々を送ります。

進級のための勉強とグループ活動の両方へ取り組み、鈴木さんは高校を卒業しました。本人は、毎日を両立して卒業までたどり着けた経験を、途中で諦めがちだった自分が変わった例として振り返っています。

大学への進学は公表されている?

高校卒業後の大学進学や大学名について、鈴木瞳美さん本人や≠ME公式から具体的な公表はありません。大学名を推測できる確かな根拠もなく、本人が明言している学歴は高校卒業までです。

鈴木瞳美は昔「ふわふわ」でアイドル活動をしていた

「鈴木瞳美の昔」や「前世」をたどると、≠ME以前に行き着くのが原宿駅前パーティーズのアイドルグループ「ふわふわ」です。鈴木さんにとって、ここが最初に本格的なアイドル活動を経験した場所でした。

原宿でスカウトされたあと、いくつかのオーディションを受け、まず「ふわふわ」のアンダーとしてステージへ立ち、その後正式メンバーに加わります。活動開始は2015年。まだ14歳の中学生でした。

2015年ごろ原宿駅前パーティーズへ

原宿駅前パーティーズは、原宿駅前ステージで歌やダンス、ファッションショーを行っていたプロジェクトです。その中で「ふわふわ」は、フリルを生かした衣装で活動する正統派アイドルグループとしてステージに立っていました。

モデルを夢見て芸能界へ入った鈴木さんにとって、アイドルは当初から唯一の目標だったわけではありません。それでも原宿駅前ステージで公演を重ねるうち、ファンの前で歌って踊る時間が日常になっていきました。

2016年に「フワフワSugar Love」でCDデビュー

2016年4月13日、「ふわふわ」は原駅ステージAとの両A面シングル「Rockstar/フワフワSugar Love」でCDデビューしました。この日は鈴木さんの15歳の誕生日でもあります。

CDには「ふわふわ鈴木瞳美ソロジャケットver」も用意されました。原宿の常設ステージで活動していた14歳の少女は、翌年の誕生日に自分の顔がジャケットになったデビューCDの発売日を迎えています。

同年7月には2ndシングル「恋のレッスン」をリリース。発売イベント時点で「ふわふわ」は原宿駅前ステージで200公演以上を経験しており、鈴木さんも18人のメンバーの一人としてステージに立っていました。

浴衣を巡ってメンバーと取り合いになった16歳

2017年6月、4thシングル「チアリーダー/恋花火」の発売記念イベントでは、メンバーが浴衣姿で登場しました。柄や色はあらかじめ一人ずつ決められていましたが、そこで鈴木さんらしい小さな出来事が起きています。

遠藤みゆさんは報道陣に、鈴木さんから自分の浴衣を指して「この浴衣がいい」と言われ、「決まってるから~」と取り合いになったと明かしました。幼少期から自分の好みをはっきり口にしていたという本人の昔話とも重なる、16歳当時の一場面です。

2018年春ごろまで「ふわふわ」で活動

鈴木さんは「ふわふわ」のメンバーとして2018年春ごろまで活動しました。中学生で加わってから高校生になるまで、原宿のステージやCDリリースイベントなどを経験したことになります。

ただ、17歳を迎えるころには、自分が本当にやりたいことへ向けて新しい挑戦をしたいという思いを持つようになっていました。「ふわふわ」を離れたあと、すぐ次のグループへ移ったわけではありません。

ふわふわ卒業後は地元のファミレスでアルバイト

「ふわふわ」での活動を終えた鈴木瞳美さんは、地元のファミリーレストランでホールスタッフとして働きました。≠MEに入るまでの約半年間、メニューを覚え、料理を運び、片付けをする生活を送っています。

すでにCDデビューや多数のステージを経験していた一方、この時期は家の近くの店でアルバイトをする高校生でもありました。店には思いがけない懐かしい客もやって来ます。

約半年ホールで働き、中学時代の先生が来店

ファミレスが家の近所だったため、中学時代の先生が食事に来たことがありました。鈴木さんは店員として働いている最中に先生と顔を合わせ、「お久しぶりです」とあいさつしたと振り返っています。

姉がいて家庭では甘やかされていたという鈴木さんにとって、給料を受け取る仕事は責任を覚える機会にもなりました。メニューをすべて覚え、客からの質問へ答えられるようにし、複数の作業へ同時に気を配っていたそうです。

乃木坂46が好きで友人と大阪ライブへ

鈴木さんは乃木坂46のファンでもあり、自分がアイドルになる前からライブへ足を運んでいました。友人と二人で大阪まで泊まりがけで遠征し、ライブの翌日は観光も楽しんだことを思い出として話しています。

一方で、次に自分が入りたいグループとして強く意識していたのは、指原莉乃さんがプロデュースする=LOVEでした。=LOVEに2期生や追加メンバーの募集があれば受けたいと考えるようになります。

鈴木瞳美が≠MEになるまで!=LOVEへの憧れとオーディション

=LOVEは12人で活動しており、鈴木さん自身も追加メンバー募集はないかもしれないと感じていました。そんな時に発表されたのが、=LOVEの「姉妹グループ」メンバー募集オーディションです。

すでに一度アイドル活動を経験し、そこからファミレスで働く期間も挟んでいた鈴木さんにとって、この募集はもう一度ステージへ進むための入口になりました。

=LOVEの追加メンバー募集を待っていた

鈴木さんは=LOVEに憧れ、もし2期生や追加メンバーのオーディションがあれば受けたいと思っていました。ところが発表されたのは=LOVEそのものの増員ではなく、新しい姉妹グループの募集でした。

原宿で初めてスカウトを受けたときとは違い、この時は自分の意思で募集を見つめ、応募するかを決めています。年齢のことも考えたうえで、次の一歩を選びました。

「最後のチャンス」と姉妹グループオーディションへ

Rayのインタビューで、鈴木さんは姉妹グループオーディションを受けた時の気持ちを次のように話しています。

年齢的にも最後のチャンスだと思い、覚悟を決めて受けました!

出典:Ray「【≠ME 鈴木瞳美】特技は前髪セットとタイ語! アイドルとしての素顔に迫る♡」(2020年7月31日)

姉妹グループの最終オーディションは2019年1月26日に行われました。鈴木さんは審査を通過し、約1か月後の2月24日、指原莉乃さんがプロデュースする新グループのメンバーとして公の場に立ちます。

2019年2月、≠MEメンバーとして新しいスタート

2019年2月24日、姉妹グループのメンバーがお披露目され、グループ名が「≠ME(ノットイコールミー)」と発表されました。鈴木さんは会見へ出席したメンバーの一人として、再びアイドルとして歩き始めます。

4年後の同じ2月24日、鈴木さんは公式Xで「ノイミーちゃん4歳になりました」と投稿しています。本人にとって2月24日は、オーディション合格後に新しいグループの一員として名前を出した日から続く節目になりました。

後年には、=LOVE・≠ME・≒JOYの衣装や映像、グループの歩みを展示した「イコノイジョイミュージアム」へ本人も足を運んでいます。

お披露目後は、≠MEとしてステージへ立つためのレッスンが始まりました。2019年8月に公開された公式ドキュメンタリーには、グループ始動期の鈴木さんの姿が記録されています。

2月のお披露目から8月の初パフォーマンスまでには約5か月があり、鈴木さんたちは新しいグループの曲とステージを形にしていきました。

鈴木瞳美がアイドルになるまで
2001年4月13日
誕生
公式プロフィールでは東京都出身
幼少期
モデルに憧れる
木登りやバッタ捕り、プリキュア遊びを楽しむ
小学生
中学受験に向けて勉強
中学生
吹奏楽部と芸能活動
吹奏楽部に1年間所属し、芸能活動への思いから退部
2015年
「ふわふわ」でアイドル活動開始
原宿駅前パーティーズでステージ活動
2016年4月13日
「ふわふわ」でCDデビュー
「フワフワSugar Love」を収録した両A面シングルを発売
2018年春
「ふわふわ」での活動を終了
2018年
地元のファミレスでアルバイト
≠ME加入前まで約半年、ホールで勤務
2019年1月26日
姉妹グループオーディション最終審査
2019年2月24日
≠MEメンバーとしてお披露目
2019年8月4日
≠MEとして初パフォーマンス
TOKYO IDOL FESTIVAL 2019で初ステージ

2019年8月、≠MEとして初ステージへ

≠MEが初めてパフォーマンスを披露したのは、2019年8月4日の「TOKYO IDOL FESTIVAL 2019」でした。約2000人を超える観客が集まったSMILE GARDENで、=LOVEのカバー4曲と、初のオリジナル曲「≠ME」を披露しています。

中学生のころ、原宿でスカウトされて「ふわふわ」のアンダーとして立ったステージ。その後いったんグループを離れ、ファミレスで働く時間を経た鈴木さんは、18歳で≠MEの12人と新しい初ステージを迎えました。

その先、本人の公式Instagramには、日本武道館という大きな会場へ立った日の写真も残っています。初めて原宿のステージへ立った少女が、別のグループで選び直したアイドルの道は続いていきました。

2019年8月4日、鈴木瞳美さんは≠MEの12人で新しい初ステージに立ちました。原宿のステージから一度離れたあと、自分で選び直したアイドルの道で迎えた舞台でした。

現在も鈴木さんは≠MEのメンバーとして活動しています。

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