≒JOY(ニアリーイコールジョイ)の山野愛月は、ステージでは明るい表情を見せ、ライブやSNSでも存在感を広げてきたメンバーです。名前の「愛月」は「ありす」と読みます。
けれど、アイドルになる前から人前に立つことが得意だったわけではありません。本人が16歳のころに振り返った5年前の自分は、放課後や休日に友人と遊ぶ、ごく普通の女の子。将来の夢も特に決まっておらず、アイドルにもまだ興味を持っていませんでした。
新しい友人を作るにも勇気が必要なほど人見知りで、歌もダンスも未経験。習い事をした経験もなく、何か一つに全力で取り組んだ記憶もなかったと話しています。
そんな山野愛月が15歳で選んだのが、自分を変えるためにアイドルオーディションへ踏み出すことでした。
2022年3月のお披露目から3年後、東京体育館で行われた3周年コンサートでは、新衣装をまとった姿を自身のInstagramに残しています。まずは現在のステージ上の姿から、その原点へさかのぼります。
山野愛月は昔どんな子?人見知りだった少女時代
山野愛月は2006年10月21日生まれ。公式プロフィールでは大阪府出身です。出生地については公式に明らかにされていないため、「大阪府で生まれた」とはせず、出身地として扱います。
2023年のVANITYMIXのインタビューでは、5年前の自分について、友人と遊ぶ普通の女の子だったと振り返りました。当時はアイドルが身近な進路だったわけではなく、将来なりたい職業も特に決まっていなかったそうです。
5年前はまだアイドルに全く興味が無くて。
出典:VANITYMIX「≒JOY VANITYMIX WEB LIMITED INTERVIEW」(公開日記載なし)
同じインタビューで山野は、ずっと人見知りで、新しく友人を作ることにもかなり勇気が必要だったと話しています。放課後や休みの日は友人と遊びながら過ごしていましたが、自分から新しい人間関係へ入っていく場面では緊張していました。
習い事なし、歌もダンスも未経験だった
芸能活動につながる習い事を幼いころから続けていたわけでもありません。2022年12月のインタビューでは、≒JOYに入る前は習い事をしたことがなく、何かに全力で取り組んだ経験もなかったと本人が話しています。
2022年3月29日のお披露目会見でも、歌とダンスはともに未経験だと明かしました。歌唱歴やダンス歴を武器にオーディションへ進んだのではなく、合格後に一から覚えていくことになります。
初期の山野を見ていた小澤愛実も、加入前から「人見知りなのかな」と感じていたと振り返っています。実際に会うと、山野のほうから頑張って話しかけることが多く、時間がたつにつれて自然に笑う姿も増えたそうです。
江角怜音は、当初の山野について自分と同じくらい人見知りで言葉数が少なかったと語っています。逢田珠里依も、初期と比べて話す量が増え、積極的に会話へ加わるようになったと後に振り返りました。
山野愛月の家族構成は?父親・母親・妹とのエピソード
山野愛月の芸能界入りを語るうえで、父親の存在は欠かせません。本人によると、父親は「第3のグループ」のオーディションを見つけ、応募を勧めた人物の一人でした。
父親が見つけたオーディション
2022年12月のインタビューで、山野は父親からオーディションを勧められたと説明しています。人前に立つことが苦手だった娘へ父親がかけた言葉として、本人が覚えていたのが「人生を変えてみなよ」でした。
父がオーディションを見つけて、「受けてみたらどう? 人生を変えてみなよ」と勧めてくれたんです。
出典:vois(旧MusicVoice)「ニアジョイ、アイドル活動で心がけていることとは?」(2022年12月27日)
このとき山野は、人前に立つのは苦手だったものの、オーディションをきっかけに変わりたいと思ったとも話しています。父親が持ってきた話と、本人の中にあった「今までの自分から変わりたい」という気持ちが重なりました。
母親と妹、家族で過ごす時間
母親と妹については、本人のInstagramにも日常の一場面が残っています。2025年に家族で出かけた際には、母親と妹が好きだというモネ展にも足を運びました。
2024年12月には、家族とクリスマスマーケットへ出かけています。大きなクリスマスツリーを見て、ココアを飲み、チュロスも楽しんだ一日でした。「山野愛月 チュロス」という検索につながっているのは、この家族との外出で登場した食べ物です。
18歳になった2024年10月21日にも、家族と友人に誕生日を祝ってもらったことをInstagramで伝えました。芸能活動の入口では父親が登場し、その後の本人発信には母親や妹との外出も残されています。
山野愛月の学歴は?中学時代から高校卒業まで
山野愛月の小学校・中学校・高校について、本人や所属先は正式な学校名を公表していません。高校については、本人が高校1年生だった時期と、2025年3月に卒業したことを自身の発言やSNSで明らかにしています。
15歳でオーディションを受けた時期
「第3のグループ」オーディションは2021年10月に始まり、最終審査は2022年1月30日に行われました。2006年10月21日生まれの山野は、この期間は15歳です。
友人と学校生活を送りながら、それまで経験してこなかった歌やダンスの世界へ進む選択をしました。オーディションを受ける前の本人は、人前に立つこと自体が苦手だったと話しています。
オーディション後の2023年初めには、VANITYMIXのインタビューで山田杏佳が高校2年生の16歳、山野愛月が高校1年生の16歳だと紹介されています。≒JOYのお披露目から間もない時期は、高校生活のスタートとも重なっていました。
≒JOYの活動と高校生活を並行した3年間
高校在学中の山野は、グループのお披露目、合宿、初ステージを経験し、その後もライブや楽曲制作へ参加しました。レッスンやステージだけでなく、高校生として友人と過ごす時間もありました。
2025年3月16日、公式Xで高校卒業を報告。本人は「素敵なお友達がたくさんできて」と書き、3年間の学校生活を振り返っています。
グループ加入時には人見知りで言葉数も少なかった山野ですが、高校卒業時の投稿では、多くの友人に出会えた3年間として学校生活を記しています。高校の正式校名を推測するより、本人が残したこの学校生活の記憶のほうが具体的です。
15歳で≒JOYオーディションへ!応募を決めたきっかけ
=LOVE、≠MEに続く「第3のグループ」のオーディションは2021年10月に始まりました。山野が応募へ進むまでの経緯について、本人は複数のインタビューで友人と父親の双方を挙げています。
友人から勧められ、=LOVEと≠MEを調べた
2022年5月のBUBKA Webで、山野は友人から「第3のグループ」オーディションを勧められたと話しています。当時は=LOVEと≠MEを知らず、応募を決めてから調べ始めたそうです。
友だちから今回の「第3のグループ」オーディションを勧められて受けたんですけど
出典:BUBKA Web「指原莉乃プロデュース ≒JOY(ニアジョイ)、メディア最速インタビュー」(2022年5月2日)
応募を決めたあとに先輩グループを調べ、=LOVEの「青春“サブリミナル”」が耳に残ったと語っています。メンバーでは=LOVEの佐々木舞香、≠MEの鈴木瞳美に惹かれ、お披露目会見でも2人を憧れとして挙げました。
一方、父親がオーディションを見つけて勧めたという本人の説明もあります。友人と父親のどちらが先に話を持ちかけたのかまでは明かされていませんが、応募までの経緯には身近な人たちの言葉がありました。
人前に立つのが苦手だった山野にとって、応募の理由は「最初からアイドルになるのが夢だったから」ではなく、自分を変えてみたいという気持ちでした。
歌もダンスも未経験で最終審査へ
最終審査が行われたのは2022年1月30日。歌もダンスも経験がない15歳の山野は選考を通過し、=LOVE、≠MEに続く新しいグループのメンバーになります。
3月29日のお披露目会見で、本人は未経験からのスタートであることを自分の言葉で伝えました。
歌もダンスも未経験ですが、これから精一杯頑張ります
出典:ORICON NEWS「指原莉乃プロデュースの新グループ『≒JOY』 アイドル目指したきっかけは『小学生の頃HKT48さんを見て』」(2022年3月29日)
同じ会見で、人見知りで引っ込み思案な性格を変えたいという応募理由も語っています。15歳の山野にとって、オーディション合格は、それまで苦手だった「人前に立つこと」が日常になる始まりでした。
お披露目当日、山田杏佳が握った手
2022年3月29日、12人のメンバーと「≒JOY」というグループ名が発表されました。報道陣の前で自己紹介する山野は強く緊張しており、後のインタビューでは、当時の映像を見ると自分だけ瞬きの回数が多かったと振り返っています。
そのお披露目の日、隣へ来たのが山田杏佳でした。山野が後年まで覚えていたのは、緊張している自分の手を山田が握ってくれた場面です。
杏佳が隣に来てくれて「大丈夫だよ」と手を握ってくれた
出典:SPICE「指原莉乃プロデュースとなるアイドルグループ≒JOY、結成からの1年と新曲『スイートシックスティーン』への想いを紐解く」(公開日記載なし)
小澤愛実も、山野が自分から頑張って話しかけてくれた初期の姿を覚えていました。人見知りのままグループへ入り、初対面だったメンバーとの関係を一つずつ作っていった時期です。
歌もダンスも未経験から初ステージへ
お披露目でメンバーになったあと、すぐに待っていたのが合宿でした。山野は歌もダンスもやったことがなく、経験者のいるグループの中で振り付けや歌を覚えることになります。
VANITYMIXでは、合宿で経験者についていくことに必死だったと振り返っています。オーディションに合格したことで終わりではなく、観客の前で歌って踊るための技術を一から身につける時間が始まりました。
その後、同じインタビューで大信田美月は、最近は自分が山野に振り付けを教えてもらっていると話しています。加入直後は経験者についていく側だった山野が、数カ月後にはメンバーへ振りを伝える場面も生まれていました。
ファーストソング「≒JOY」と初めてのステージ
2022年7月2日、グループのファーストソング「≒JOY」のミュージックビデオが公開されました。芝生の上で踊るダンスシーンなどが収められ、翌日の初ステージを前に、自分たちの名前を冠した最初のオリジナル曲が形になりました。
2022年7月3日、富士急ハイランド・コニファーフォレストで「イコノイジョイ 2022」が開催されました。≒JOYにとってはこの日がステージデビュー。昼公演では=LOVEの「スタート!」「届いてLOVE YOU♡」をカバーし、ファーストソング「≒JOY」も披露しました。
お披露目から約3カ月。合宿で振り付けについていくのに必死だった山野が、観客の前で歌って踊るところまで進みました。後にQeticで初ステージを振り返ったとき、本人が使ったのは「夢のような時間」という言葉でした。
<イコノイジョイ 2022> は本当に夢のような時間
出典:Qetic「≒JOY 全速力で走る人たちに届ける応援歌」(2023年5月9日)
ステージデビュー後も、本人は緊張そのものが消えたとは話していません。2022年末のインタビューでは、今でも緊張するとしたうえで、お披露目当時は今とは比べものにならないほどだったと振り返っています。
緊張しなくなったからステージへ立てたのではなく、緊張したまま、お披露目、合宿、リハーサル、初ステージという新しい経験を一つずつ重ねていきました。
初ステージから時間がたつと、山野のパフォーマンスを見る機会も増えていきました。3周年コンサート後には「≒JOY・Overture」と題したステージ映像をInstagramへ投稿しています。
2024年、≒JOYとしてCDメジャーデビュー
≒JOYは2024年1月17日、デビュー・ミニアルバム「きっと、絶対、絶対」を発売しました。CDには「≒JOY」「笑って フラジール」「超孤独ライオン」「スイートシックスティーン」「今日も君の夢を見たんだ」など、それまで発表してきた楽曲が収録されています。
ただし、山野愛月がアイドルとして動き始めたのは、このCD発売より前の2022年です。15歳でオーディションに応募し、歌もダンスも未経験のままお披露目され、合宿を経て同年7月3日に初めてステージへ立ちました。
放課後や休日に友人と遊び、将来の夢も特に決まっていなかった少女が、父や友人の言葉をきっかけにオーディションへ進んだのが始まりでした。富士急ハイランドで迎えた最初のステージから、そのアイドル活動は現在の≒JOYでの姿へ続いています。
































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