FRUITS ZIPPERでそら色を担当し、幼少期から続けてきたダンスを武器にパフォーマンスを引っ張る真中まなさん。加入前には、原宿のKAWAII MONSTER CAFE HARAJUKUでモンスターガールとしてステージに立っていました。
現在のキレのあるダンスからは意外ですが、本人が振り返る子ども時代には、手拍子や足踏みが周囲とずれてしまうほどリズムを取るのが苦手だった時期もあります。
近所のお姉さんたちに憧れて始めたダンス、高校時代に強くなったダンサーへの思い、原宿でのアルバイト、モンスターガールの仕事。その道の途中で生まれた縁が、2022年のFRUITS ZIPPER加入につながりました。
真中まなの原点をたどると、幼少期からのダンスと原宿で重ねた経験が、アイドルとして最初のステージへ一本につながっています。
真中まなの本名は?「まなふぃ」と呼ばれるまで
「真中まな」が本名なのか芸名なのかは公表されていません。アソビシステムとFRUITS ZIPPERの公式プロフィールはいずれも「真中まな」の名前で掲載していますが、本名についての説明はありません。
本名として公表された別の氏名はなく、「真中まな=本名」と断定できる情報もありません。
FRUITS ZIPPERのメンバーが発表された2022年2月22日、本人はすでに「まなふぃ」という愛称で自己紹介していました。当時の担当カラーは「水色」と案内され、現在の公式プロフィールでは「そら色担当」とされています。
FRUITS ZIPPERの水色担当、まなふぃこと真中まなです。
出典:ASOBISYSTEM「新アイドルグループ『FRUITS ZIPPER』7人のメンバーが発表」(2022年2月22日)
同年3月のインタビューでは、周囲から「まなふぃ」と呼ばれ、FRUITS ZIPPERのメンバーからは「ふぃちゃん」と呼ばれることが多いとも話しています。アイドルとして知られる前から使っていた呼び名が、そのままファンにも広がっていきました。
真中まなは昔どんな子だった?幼少期から続けたダンス
公式プロフィールでは神奈川県出身とされています。ただし、「神奈川県出身」という情報と出生地は別であり、具体的な出生地や幼少期に暮らした市区町村までは公表されていません。
幼いころの真中さんは、最初からダンスが得意だったわけではありません。後年、本人はエアロビックを続けてきた話の中で、手拍子や足踏みさえ周囲とずれてしまう子どもだったと振り返っています。
小さい頃からリズム感も本当に皆無で
出典:Pop’n’Roll「真中まな(FRUITS ZIPPER)[インタビュー]お披露目ライブにかける熱き想い」(2022年3月29日)
そんな真中さんがダンスを始めたきっかけは、近所で仲良くしていた年上の女の子たちでした。 お姉さんたちがダンス教室へ通っているのを見て、自分も行きたいと思ったのだそうです。
私も行きたいと思ったのがきっかけでした。
出典:Billboard JAPAN「原宿から世界へ、“NEW KAWAII”を発信するFRUITS ZIPPERの野望」(公開日記載なし)
始めたダンスは一時的な習い事では終わりませんでした。本人は長く趣味として続け、高校生のころには「踊ること」を将来の仕事として意識するようになります。その前段階に、何年も身体を動かしてきた時間がありました。
一方、家の中ではディズニー作品に親しんでいました。2024年のインタビューでは、白雪姫や『眠れる森の美女』のように動物たちに囲まれて眠るプリンセスへ憧れ、ベッドの周りにぬいぐるみをたくさん置き、その真ん中へ倒れ込む一人遊びをしていたと話しています。
ほかにも子どものころ好きだったものとして、ディズニープリンセス、プリキュアシリーズ、『アイカツ!』『プリパラ』『ポケモン』などを挙げています。踊ることだけではなく、色や衣装、キャラクターが印象に残る作品にも囲まれて育った少女時代でした。
真中まなの家族構成は?父親・母親とのエピソード
真中さん本人の発言から、父親と母親の存在は確認できます。兄弟姉妹については公表された確かな情報がなく、家族カードにも推測では追加しません。
母親に勧められてキッズコーディネーショントレーナーの資格を取得
母親は、真中さんの資格取得に関わっています。現在の公式プロフィールには「エアロビック技能検定特級」と「キッズコーディネーショントレーナー」の資格が記載されています。
本人によると、エアロビック技能検定は当時のダンスの先生に勧められ、キッズコーディネーションは母親の勧めで取得を決めました。有酸素運動はもともと苦手だったものの、エアロビックはダンスに近い感覚で続けられたといいます。
後にライブで何曲も踊る体力が必要になることを考えると、この資格取得よりずっと前から、家庭とダンス教室の両方で身体を動かす経験を積んでいたことになります。
父親にはFRUITS ZIPPERで活動していることを伝えていなかった
家族との関係で特に具体的なのが、デビュー後に明かされた父親とのエピソードです。真中さんはFRUITS ZIPPERとして活動を始めたあとも、父親に自分がアイドル活動をしていることを伝えていませんでした。
父親が事情を知ることになったのは、FRUITS ZIPPERが2023年12月30日の「第65回 輝く!日本レコード大賞」に出演した日。真中さんは放送の約2時間前に父親へテレビを見るよう連絡しましたが、返ってきたのは「バックダンサーやってるの?」という反応だったそうです。
当日の2時間前ぐらいに「今日この後テレビ見て」って言って
出典:ORICON NEWS「FRUITS ZIPPER真中まな、『レコ大』最優秀新人賞受賞で“カミングアウト”の裏話明かす」(2024年1月18日)
ライブ後にはカメラへ向かって「お父さん!芸能活動始めました!」と伝えました。父親からは、生放送を見ながらFRUITS ZIPPERに似た子がいる、水色系なのか、本人なのかと確認するようなLINEが届いていたといいます。
真中まなの学歴は?中学校・高校・大学と学生時代
真中さんは中学時代と高校時代について複数のインタビューで具体的に話していますが、中学校・高校の正式な学校名は公表していません。大学名や大学進学の有無も公表されていません。
中学校・高校・大学について、本人や所属先が明らかにしていない具体的な学校名は断定しません。
中学時代から支えたダンスの先生
学校名は明かしていないものの、中学生のころから長く世話になったダンスの先生がいたことは本人が語っています。この先生は技術だけでなく、ステージで表現することを仕事にする覚悟にも関わった人物でした。
高校生くらいになった真中さんが「ステージでの表現を仕事にしたい」と伝えたとき、先生から教えられたのが、表現者は常に他人の「パワースポット」になる必要があるという考え方でした。本人はFRUITS ZIPPER加入直前のインタビューでも、その言葉を大切にしていると話しています。
高校時代に海外のアミューズメントパークを見てダンサーを志す
ダンスそのものは幼少期から続けていましたが、将来の職業として本気で考えるようになったのは高校生のころでした。海外のアミューズメントパークへ行った際、そこで働くダンサーを見て「ダンサーをやりたい」と思い、本格的に取り組むようになったと話しています。
中学生の頃はアイドル、高校生からはディズニーのダンサーになりたかったです。
出典:GLITTER「【FRUITS ZIPPER】『アイドルになれて生きていてよかった!』【月足・松本・早瀬・真中編】」(2024年9月20日)
中学生のころにはアイドルへの憧れを持った時期もあり、高校生になると進路の意識がダンサーへ具体化していきました。2022年にFRUITS ZIPPERへ入る直前まで、本人の経歴の中心にあったのはダンスとステージ表現でした。
大学名や大学進学は公表されている?
大学名や大学へ進学したかどうかは公表されていません。本人が詳しく語っている学生時代の出来事は、中学から高校にかけてのダンス、高校時代の海外アミューズメントパーク体験、そして原宿で始めたアルバイトです。
高校生でアルバイトができる年齢になると、真中さんは働く場所として原宿にこだわるようになります。ここから学校生活の外側で、後の仕事に直結する経験が増えていきました。
高校時代の原宿アルバイトからモンスターガールへ
真中さんはもともと原宿や「KAWAIIカルチャー」に強い興味がありました。ただ、当時は現在より自分に自信がなく、派手なファッションやSNSで自分から「KAWAII」を表現するというより、心の中で好きなものとして大切にしていたそうです。
高校生になると原宿でアルバイトを始めました。勤務先の一つは、見た目にも特徴のあるソフトクリームを提供する店。海外から来た客に商品を渡したとき、「Japanese Kawaii」と喜ばれた経験から、自分も憧れてきた原宿のKAWAIIカルチャーに関わっているのだと実感したといいます。
その経験をきっかけに原宿のカルチャーについて調べる中で知ったのが、KAWAII MONSTER CAFE HARAJUKUと、そこでパフォーマンスするMONSTER GIRLの仕事でした。ダンスとKAWAIIカルチャーが一つになった場所は、自分がやりたかった表現に近く見えました。
最初はモンスターガールではなくホールスタッフに応募
ところが、最初からMONSTER GIRLへ応募したわけではありません。本人は自信がなく、「どんな形でもMONSTER GIRLに関われればいい」と考え、まずホールスタッフとして応募しました。
転機になったのは最初の面接です。それまで取り組んできたことや、将来やりたい表現について話すうち、面接担当者からMONSTER GIRLのほうが向いているのではないかと勧められました。
やりたいです! やらせてください!
出典:Pop’n’Roll「真中まな(FRUITS ZIPPER)[インタビュー]お披露目ライブにかける熱き想い」(2022年3月29日)
そこで初めて希望をはっきり口にし、面接を組み直してもらった末にMONSTER GIRLとして働く流れになりました。公式プロフィールにも、FRUITS ZIPPER加入前にKAWAII MONSTER CAFE HARAJUKUでモンスターガールとしてパフォーマンスしていたことが記載されています。
モンスターガール時代に磨いたステージ経験
MONSTER GIRLの仕事は、真中さん自身が「アイドル活動を始めるまでに一番頑張ったこと」として挙げるほど大きな経験になりました。衣装を着て踊るだけではなく、その場へ来た客をどう楽しませるかまで考える仕事でした。
とくに状況が変わったのはコロナ禍です。来店客が減り、イベントも思うようにできない中、遊びに来てくれた一人ひとりがどうしたら満足して帰れるのかを考えて毎日を過ごしていたと振り返っています。
店に立つこと自体が好きで、休みの日にも「お店に立たせてほしい」と頼んだことがあったそうです。高校時代に原宿でアルバイトを始めたころは憧れとして見ていたKAWAIIカルチャーの中で、今度は自分が客の前に立つ側になっていました。
この時期までに、子ども向けの舞台やスポーツイベントで国内外の観客を前に踊る経験も重ねています。テーマパークやミュージカルのダンサーに憧れていた真中さんにとって、「人の心を直接動かせる仕事」という希望が、少しずつ現場の経験へ変わっていきました。
KAWAII MONSTER CAFEは2021年1月31日に閉店。その後もダンスを軸にしていた真中さんへ、かつて同店で関わっていた人物から思いがけない連絡が届きます。
真中まながアイドルになったきっかけはハリスからの誘い
FRUITS ZIPPERへ進む直接のきっかけを作ったのは、KAWAII MONSTER CAFEでコンテンツディレクターを務め、MONSTER GIRLのダンス指導やショーの振り付けにも関わっていたハリスさんでした。
2022年、ハリスさんからLINEで届いたのは「アイドル興味ない?」という突然の連絡でした。真中さんはアイドルに詳しいわけではなかったものの、もう一度ハリスさんと表現の仕事ができること、新しい世界を見られるかもしれないことに惹かれ、すぐに興味があると返したと話しています。
直感で“面白そう!”と感じた気持ちに乗って飛び込んでみようと思いました!
出典:MOSHI MOSHI NIPPON「KAWAII LAB.連載#2 FRUITS ZIPPER集団面接①」(2022年6月17日)
真中まなのアイドルへの入口は、自分から一般公募のオーディションを探して応募したことではなく、モンスターガール時代の縁から届いた一通の誘いでした。
その後、プロデューサーの木村ミサさんとの面接へ進みます。真中さんは初対面の木村さんを、すでに決まっているメンバーの中心人物だと思い込み、「こんなに可愛い人と一緒にアイドルをするのは大丈夫かな」と自信をなくしかけたそうです。後になって木村さんがプロデューサーだと知りました。
ほかのメンバーと初めて会ったときも、全員の「キラキラしたオーラ」に圧倒され、自分がここに入って大丈夫なのかと緊張したと振り返っています。ダンサーとして人前に立った経験はあっても、「アイドル」という役割は本人にとって新しいものでした。
2022年2月22日、FRUITS ZIPPERの7人が正式に発表されます。アソビシステムの発表で真中さんは、KAWAII MONSTER CAFEでダンサーとしてパフォーマンスしていたこと、ジャズダンスが得意なこと、そしてアイドル活動は初めてだと自己紹介しました。
真中まながFRUITS ZIPPERで初ステージに立つまで
メンバー発表後は、4月10日に予定されていたお披露目ライブ「FIRST CONTACT」へ向けて準備が進みました。真中さんは、それまで長く続けてきたダンスをグループの中でも生かし、パフォーマンス面で引っ張っていきたいと話していました。
一方で歌は、それまで本格的に取り組んできた分野ではありませんでした。ダンス経験が長いから完成した状態で入ったのではなく、歌やアイドルとしての見せ方は新しく身につけていく必要がありました。
アイドルとしてゼロからのスタートになるので、ファンがまだ1人もいない状態です!
出典:Pop’n’Roll「真中まな(FRUITS ZIPPER)[インタビュー]お披露目ライブにかける熱き想い」(2022年3月29日)
デビュー前の2022年3月13日には、FRUITS ZIPPER公式YouTubeで真中さんの自己紹介動画も公開されています。まだ最初のライブを迎える前の本人が、自分の言葉でグループやこれからの活動を伝えている映像です。
プロデューサーの木村ミサさんは当時、真中さんについてダンス力の高さに加え、レッスンで率先して挨拶し、グループをまとめている点を評価していました。アイドル経験はなくても、KAWAII MONSTER CAFEで培った原宿カルチャーとの近さや、長いダンス経験は加入時点から明確な持ち味でした。
4月10日のお披露目延期から4月24日の初ライブへ
当初の「FIRST CONTACT」は2022年4月10日に予定されていましたが、新型コロナウイルスの影響で公演は延期されました。準備してきた7人が実際にFRUITS ZIPPERとして最初のライブへ立ったのは、その2週間後です。
4月24日に開催された「櫻井優衣/真中まな/松本かれん 合同生誕祭」が、FRUITS ZIPPERにとって初ライブとなりました。4月22日に23歳の誕生日を迎えたばかりの真中さんにとって、ここがアイドルとして観客の前に立つ最初の日になりました。
幼いころは手拍子や足踏みがずれていた少女が、近所のお姉さんを追ってダンスを始め、高校時代にはダンサーを目指し、原宿のアルバイトからモンスターガールへ進みました。その仕事で出会ったハリスさんからの誘いが、4月24日のステージにつながります。
FRUITS ZIPPERは翌2023年9月13日、「わたしの一番かわいいところ」を1st CDシングルとして発売しました。真中さんにとっては、2022年の加入と初ライブから約1年半後のCDデビューです。
その後も公式プロフィールには、幼少期から続けたダンスとKAWAII MONSTER CAFEでの経験が真中まなの経歴として記されています。原宿で「KAWAII」に憧れて働き始めた高校時代から、モンスターガールを経て、FRUITS ZIPPERとして最初のステージに立つまで。その道筋の中心には、長く続けてきたダンスがありました。
































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