CUTIE STREETでミントグリーンを担当し、キレのあるダンスでも知られる板倉可奈。アイドルとしてステージに立つ以前から、彼女の生活の中心には長いあいだダンスがありました。
その道のりには、キッズモデル、同世代向けのYouTube活動、友人との「kana_noa」、そして進む方向を見失った時期があります。最初からアイドルを目指して一直線に進んできたわけではありません。
板倉可奈の原点にあったのは、アイドルへの憧れではなく、5歳から続けてきたダンスでした。
幼いころに何へ夢中になり、学校へ通いながらどんな活動を続け、なぜ2024年にCUTIE STREETのオーディションへ進んだのか。少女時代から人生初のアイドルステージまでを追います。
板倉可奈は昔どんな子?5歳からダンス漬けの幼少期
子どものころの板倉可奈は、本人の表現では「マイペース」で、好きなものとそれ以外がはっきりした子でした。好きなことを見つけると、一つの遊びを何度も繰り返すほど集中していたといいます。
「パズルをエンドレスでやっていたりとか。」
出典:Real Sound「CUTIE STREET ソロインタビュー Vol.7:板倉可奈『私はアイドルじゃないな』――葛藤を経て見つけた自分らしい表現」(2025年7月13日)
食べることも昔から好きでした。空腹になると急に元気がなくなり、買い物中でも話さなくなるため、家族にも空腹で静かになる様子をよく知られており、そんなときは何か食べるようにしていたそうです。
ピアノやバレエよりヒップホップ教室に目を奪われた
ダンスとの出会いは5歳ごろ。両親はピアノやバレエのような習い事を考えていましたが、教室を見て回った板倉可奈が興味を示したのはヒップホップダンスでした。
本人が後年聞いた話では、ほかの教室にはほとんど反応せず、ヒップホップの教室ばかり見ていたそうです。年上の女の子たちが楽しそうに踊る空気に惹かれ、レッスンへ通い始めました。
上手に踊れるかどうかより先に、「あの楽しそうな場所へ行きたい」という気持ちから始まったダンスでした。
「幼い頃からダンスを習っていたのが全ての始まりだと思います。」
出典:Billboard JAPAN「<わたしたちと音楽 Vol. 51>CUTIE STREET 人の数だけ“かわいい”がある、アイドルだからできること」(2025年1月29日)
小学3年生からキッズモデルへ
小学3年生ごろになると、キッズモデルの仕事も始めます。モデル活動の中では、いわゆるアイドル的な衣装を着てダンスショーに出る機会もあり、それまでのヒップホップとは違う見せ方を求められるようになりました。
モデルの仕事では、ヒップホップとは違う表現も求められました。フリルの衣装で「かわいく」踊る場面では、長く身につけてきた強い動きとの違いに戸惑い、表情の作り方まで模索する時期がありました。
かっこよく踊ることに慣れている一方、かわいく踊るのが難しいという悩みは、小学生のころからすでに存在していました。のちにCUTIE STREETのオーディションでも、同じ課題ともう一度向き合うことになります。
板倉可奈の家族構成は?両親との幼少期エピソード
板倉可奈が幼いころからダンスやモデル活動を続けてきた話には、父親と母親の存在がたびたび登場します。最初の習い事探しも両親と一緒で、そこで本人がヒップホップを選びました。
モデル活動と並行してダンスのトレーニングを重ねていたころは、筋肉がかなりついていた時期もあったそうです。周囲の細身のモデルとの違いを意識するなか、母親からも筋肉質な体型を冗談交じりに指摘され、いったん筋力トレーニングを控えて体づくりを変えました。
父親については、2026年のViViインタビューで、普段の服装の話から父親の影響でバンドTが好きになったことも明かしています。幼少期の習い事だけでなく、成長後の好みにも父親との小さな接点が残っています。
兄弟姉妹の人数や構成は公表されていません。
板倉可奈の学歴は?小学校・中学校・高校と大学進学
板倉可奈の小学校と中学校の正式校名は公表されておらず、高校についても学校名を示す本人・所属先の公表はありません。一方、本人の昔話からは、学校へ通いながら芸能・ダンス活動を続けた時期の過ごし方が分かっています。
小学校はダンスとキッズモデルを両立
小学校時代は、5歳から始めたダンスを続けながら、小学3年生ごろからキッズモデルの仕事へ。平日は登校後にレッスン、週末はコンテストや撮影という日々でした。
ダンスコンテスト前は練習量が増え、夜中の3時ごろまで踊った記憶もあると振り返っています。朝方に家へ戻って眠り、7時ごろには起きて登校する日もあり、学校では起きていられないほど眠かったそうです。
中学生になるとYouTube活動を開始
本人は、中学生のころにグループでYouTube活動をしていたと振り返っています。正式な中学校名は明かされていませんが、学校に通う時期からダンス以外の発信活動にも取り組むようになりました。
高校名は非公表、大学には進学しないと本人が回答
高校については、本人が通った学校として紹介できる正式校名は公表されていません。学校名を推測できる材料ではなく、本人自身が残した進路についての言葉を手がかりにします。
17歳だった2019年9月、Xで「大学はいくの?」と尋ねられた本人が直接回答しています。
本人はこの時点で大学には進まない意思を示していました。大学については「進学せず」と整理できます。
その約1カ月前の2019年8月には、GROVEがKANA_NOAの所属を正式に発表しています。大学進学を選ばないと答えた時期にも、KANA_NOAやハイスクール研究室など、ダンスと動画を軸にした活動は続いていました。
板倉可奈は昔YouTuberだった!kana_noaとハイスクール研究室
板倉可奈のアイドル以前をたどるうえで大きな活動が、学生時代のYouTubeです。中学生のころに参加したグループでは、小中学生の同世代へ向けてダンスやファッションの企画を届けていました。
出演するだけではなく、メンバー全員が動画タイトル、企画内容、狙いまで考え、最低3案ずつ提出していたそうです。そこから企画を選び、撮影日には私服を2、3着持参。着替えながら一日を通して収録することもありました。
ダンスレッスンを続けながら、土日はYouTube撮影へ。キッズモデルでは撮られる側だった板倉可奈が、自分たちで企画を考えて映像を成立させる側にも関わり始めた時期です。
キッズモデル時代の友人と「kana_noa」を開始
グループでのYouTube活動が終わったあと、キッズモデル時代から一緒に踊っていた友人と「kana_noa」を始めます。仕事で出会った相手でしたが、プライベートでも家族ぐるみで親しくしていた友人でした。
2人でやってみようという軽いきっかけから始まりましたが、作業は本格的でした。動画の企画を考え、撮影し、自分たちで編集して投稿まで完結。カメラの前に立つだけでなく、一本の動画を形にする工程を経験しています。
2018年10月には、YouTube上で「KANA_NOAチャンネル始めました!」と題した動画も公開されました。CUTIE STREET結成より約6年前から、板倉可奈は自分たちのチャンネルで継続的に動画を発信していました。
2019年8月には、本人のInstagramでも「kana_noaチャンネル」で祭りへ行った動画を案内していました。YouTubeとInstagramを行き来しながら発信していた時期の記録です。
ハイスクール研究室でも活動、SPINNSとのコラボへ
2019年8月、GROVEは「KANA_NOA」の所属を発表し、ダンス動画や「あるある」動画など幅広いジャンルを投稿するYouTuberとして紹介しました。同時に、2人が「ハイスクール研究室」の人気メンバーとして活動していることも記録されています。
2020年6月には「KANA_NOA in Hi school研究室」として、ファッションブランドSPINNSとのコラボレーションも実現しました。KANA_NOAが監修したTシャツが制作され、購入者向けのオンラインサイン会も企画されています。
コラボTシャツは、KANA_NOAの監修で普段使いしやすいデザインを意識して制作されました。2020年7月26日にはSPINNS公式YouTubeでオンラインイベントも設定され、動画投稿だけではなく、ファッションブランドとの商品企画や視聴者向けイベントにも活動が広がっていました。
この時期の板倉可奈は、ダンスだけを発信していたわけではありません。ファッション、日常の企画、撮影、編集、イベントまで活動の幅を広げ、10代のうちから「自分たちで企画して見せる」仕事を重ねていました。
同年12月には、高校ダンス部専門メディア「ダンスク!」の公式YouTubeにもKANANOAとして登場し、ダンサー兼YouTuberとしてインタビューを受けています。アイドルになる前から、ダンスと動画発信を組み合わせた活動が続いていました。
2021年7月27日には、所属事務所GROVEが活動名を「KANA」から「板倉可奈」へ変更したことを発表しました。子どものころから使ってきたKANA名義を離れ、現在のフルネームで活動するようになります。
この改名はCUTIE STREET加入より約3年前です。アイドル名への変更ではなく、GROVE所属クリエイターとしての活動名をフルネームへ切り替えたもので、板倉可奈名義での活動はアイドルデビュー以前から続いていました。
2022年10月にもInstagramには「かなのあ」と記した投稿が残っています。CUTIE STREET加入より前に、ダンス、モデル、YouTube、SNS発信という複数の活動を長く経験していました。
アイドル志望ではなかった板倉可奈がオーディションを受けた理由
板倉可奈には、キッズモデルの仕事の一環でアイドル的な衣装やダンスに触れた経験がありました。それでも、自分自身がアイドルになる未来を思い描いていたわけではありませんでした。
「一度もアイドルになりたいって思ったことはないんです。」
出典:ViVi「【CUTIE STREET 板倉可奈】かわいくて癒される♡リアルなモチーフが今年っぽい『ねこプリントT』」(2026年5月22日)
周囲にアイドルの友人はいて、ライブへ行けば観客として楽しんでいました。ライブが終わったあとにも余韻が強く残る時間は、迷っていた当時の本人にとって大きな癒やしだったそうです。かわいいものは、自分が表現するというより、外から見る側に近い感覚でした。
転機が来たのは、これから何をしていけばいいのか分からなくなっていた時期でした。本人は後年、CUTIE STREET加入前を「暗黒期」と表現し、自分の居場所がないように感じて迷走していたと明かしています。
そこでマネージャーから届いたのが、新しいアイドルグループのオーディションの話でした。歌には自信がなかったものの、長年続けたダンスを使って挑戦できるなら、と参加を決めます。
5日間の合宿で「かわいい」と自分のダンスがぶつかった
オーディションは数カ月にわたり、5日間の合宿もありました。参加者を見た板倉可奈は、周囲が自分よりずっと「アイドルらしく」見え、表情や動きを観察して取り入れようとします。
「私はアイドルじゃないな……」
出典:Real Sound「CUTIE STREET ソロインタビュー Vol.7:板倉可奈『私はアイドルじゃないな』――葛藤を経て見つけた自分らしい表現」(2025年7月13日)
ただ、誰かの表情や動きをそのまま真似しても、自分がやると何かが違う。そこで、真似する部分と自分らしさを残す部分の配分を探すようになりました。
個人曲では自分の得意な「かっこいい」方向の曲を選び、かわいい世界の中へアクセントとして持ち込むことを試します。小学生のモデル時代から悩んでいた「かわいく踊る難しさ」に、別の答えを探した場面でした。
オーディション前後の写真を見比べると、終了後は目のクマが目立ち、頬もこけていたと本人が笑いながら振り返るほど、審査期間は負荷の大きいものでした。5日間の合宿も含め、歌やダンスだけではなく、慣れない環境の中で課題へ向き合う時間が続きました。
その経験はデビュー後にも残りました。忙しい時期でも、合宿ほど追い込まれた数日間を乗り切った記憶があることで、簡単にはへこたれずにいられると本人は話しています。
合宿を終えて8人の顔ぶれを知ったときは、自分が入っていること自体が信じられなかった一方、メンバーを見て安心したと振り返っています。板倉可奈が心配していたのは、売れるかどうかよりも、長く活動するメンバー同士がよい関係でいられるかどうかでした。
合宿では互いに余裕がなくなる瞬間まで見ています。そのうえで、この8人なら素の自分を出せそうだと感じたことが、グループ活動へ進むうえでの安心材料になりました。
CUTIE STREET加入、TIFで人生初のアイドルステージへ
2024年7月30日、KAWAII LAB.の新グループ「CUTIE STREET」の8人が発表され、板倉可奈はミントグリーン担当として名前を連ねました。本人のInstagramにも同日、デビューを知らせる投稿が残っています。
結成発表時の公式プロフィールでは、特技にダンス、趣味にYouTubeとアニメ鑑賞が記されています。幼いころから続けたものと、10代で仕事として経験したものが、そのままアイドルデビュー時のプロフィールにも並びました。
「アイドルは人生初挑戦です。」
出典:ASOBISYSTEM「【KAWAII LAB.】新グループ『CUTIE STREET』誕生」(2024年7月30日)
初お披露目は発表から5日後、2024年8月4日の「TOKYO IDOL FESTIVAL 2024」でした。CUTIE STREETはKAWAII LAB.ステージで「ハロハロミライ」と「かわいいだけじゃだめですか?」を披露します。
板倉可奈にとってTIFは、後年になっても特別な場所です。本人は2025年のインタビューで、そこが人生で初めてマイクを持ち、ステージに立って踊った場所だったと振り返っています。
TIFでの初ステージから約3カ月後、2024年11月13日には1stシングルCD「かわいいだけじゃだめですか?」を発売しました。
ヒップホップで身につけたかっこよさを消すのではなく、かわいい表現の中に自分の動きを残す。板倉可奈は、そうして人生初のアイドル活動を始めました。
































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