FRUITS ZIPPERでベビーピンクを担当し、「かれんたん」の愛称でも親しまれている松本かれん。ステージではアイドルらしい表情を見せていますが、その少し前までの日常は、音楽短大でピアノを学ぶ学生生活でした。
芸能の仕事をした経験はなく、歌もダンスも未経験。大学在学中、コロナ禍にTikTokへ動画を投稿したことから芸能界との接点が生まれ、2022年にFRUITS ZIPPERのメンバーになります。
FRUITS ZIPPERは、松本かれんにとって初めてのアイドル活動でした。
セーラームーンの服を着て出かけていた幼少期、中学の吹奏楽部、高校の体育祭、音楽短大でのピアノ、そしてTikTok。松本かれんが昔どんな子だったのかを、初めてアイドルとしてステージに立つ日までたどります。
松本かれんは昔どんな子?幼少期の「キラキラ」への憧れ
松本かれんは千葉県出身。公式プロフィールでは「出身地」が千葉県とされており、生まれた場所まで同じだったとは公表されていません。子どものころの話には、今の衣装や言葉づかいにも通じるような「かわいいもの」が何度も登場します。
幼いころは、両親と本人の3人で過ごす時間が多かったそうです。のちに弟が2人生まれますが、それ以前は母親、父親といつも一緒にいて、好きな服を買ってもらった記憶を後年のインタビューで話しています。
セーラームーンの服で出かけた子ども時代
特に好きだったのが「美少女戦士セーラームーン」。セーラームーンの服を買ってもらうと、本人はどこへ行くにもその服を着ていたといいます。家の中だけの遊びではなく、お出かけの服そのものが憧れのキャラクターでした。
うち、ママもパパもめちゃくちゃ親バカなんです。
出典:QJWeb「【FRUITS ZIPPER】松本かれん『みんなが褒めてくれたから』コンプレックスを個性に変えた“NEW KAWAII”」(2025年3月11日)
同じインタビューでは、家族からよく「かわいい」と言ってもらっていたことも振り返っています。公園では知らない子の母親にまで近づき、自分の父親について「うちのパパはね」と話し続けるような子だったそうです。
一方、小学校では特徴のある高い声を「アニメみたい」とからかわれ、自分の声をあまり好きではなかった時期もありました。のちにアイドルとなり、ファンから声を褒められるようになってからは、その声を「マカロンボイス」と呼ぶようになります。
「きらりん☆レボリューション」が将来の夢だった
少女時代のもう一つの大きな存在が、アニメ「きらりん☆レボリューション」です。主人公・月島きらりに憧れ、月島きらり starring 久住小春のCDは、本人が初めて買ったCDだったと話しています。
キラキラになりたかったから!
出典:Aneひめ.net「7日間連続投稿♡ 【松本かれんさん編】大人気『FRUITS ZIPPER』メンバーに聞く『子ども時代と今のやりがい』」(2025年11月5日)
本人は同じ取材で、「きらりん☆レボリューション」が当時の将来の夢だったとも明かしています。まだ芸能活動をしていない子どものころから、画面の中のアイドルや「キラキラ」した世界そのものには強く惹かれていました。
幼いころからピアノ、中学ではドラムへ
音楽との付き合いも早くから始まっています。本人は幼いころからピアノを習い、長く続けてきました。ただし、何歳で始めたかについては本人のインタビューでも数字が一致していません。
ピアノ開始年齢は、2022年3月のPop’n’Rollで本人が「4歳から」、同年9月のBillboard JAPANでは「2歳のときから」と語っています。そのため、開始時期は「幼いころから」とするのが確実です。
ピアノだけを一直線に続けたわけでもありません。途中には約3年間ピアノから離れた時期があり、中学校では吹奏楽部に所属。そこで担当した楽器がドラムでした。
部活動で叩いてみて楽しいと感じたことから、ドラムも習い始めたと本人は話しています。自宅には電子ドラムもあり、「自分がやりたいと言ったらしい」と後年振り返っています。
松本かれんの家族構成は?両親と2人の弟との日常
家族の話で目立つのは、肩書きや職業ではなく、家の中での小さなやり取りです。幼少期の服、両親からかけられた言葉、弟たちと見るアニメや買い物など、本人が語っているのは日常の場面です。
両親から「かわいい」と言われて育った幼少期
松本かれんは、母親と父親が自分をよく褒めてくれたと話しています。弟たちが生まれる前は3人で一緒にいることが多く、セーラームーンの服を買ってもらったのもそのころの記憶です。
「かわいい」と繰り返し言われていた家庭で、本人は自分の好きなものを隠すより、前に出して楽しんでいたようです。公園で大人に話しかけていたという昔話もあり、家族の外でもよくしゃべる子どもでした。
2人の弟とアニメや買い物を楽しんだ
松本家には弟が2人います。2022年3月のインタビュー時点では、一人が高校生、もう一人が小学生。年齢が離れた弟たちとは、それぞれ違う過ごし方をしていました。
当時小学生だった弟とは、喧嘩をすることもありながら仲はよく、毎週「進撃の巨人」を一緒に見ていたそうです。決まった作品をきょうだいで毎週見る時間がありました。
高校生だった弟とは一緒に買い物へ行き、松本かれんが洋服を選んであげることもあったといいます。弟が2人いるという家族構成だけでは見えない、きょうだい同士の距離感が伝わる話です。
実家の猫と過ごす時間
FRUITS ZIPPERの公式プロフィールでは、趣味の一つに「実家の猫と遊ぶこと」と記されています。芸能活動を始めたあとも、実家で猫と過ごす時間は本人の好きなこととしてプロフィールに残っています。
一方で、父親や母親の氏名、職業、実家の詳しい場所などは公表されていません。千葉県出身という公式情報から、具体的な市町村や生活圏まで広げて考えることはできません。
松本かれんの学歴は?中学・高校から音楽短大のピアノ専攻まで
学校生活については、具体的な校名よりも本人が何をしていたかという情報が多く残っています。中学では吹奏楽、高校では体育祭、卒業後は音楽短大でピアノ専攻という流れです。
中学は吹奏楽部でドラムを担当
中学校では吹奏楽部に所属し、ドラムを担当していました。ピアノとは違い、ドラムは学校の部活動で触れたことがきっかけです。
本人はドラムについて、部活で担当して「楽しい」と思い、そこから習い始めたと説明しています。幼少期からのピアノに加え、中学では打楽器にも触れる学校生活を送っていました。
高校時代は体育祭を「かわいく」デコレーション
高校時代の具体的な場面として本人が語っているのが体育祭です。競技の結果ではなく、髪型や持ち物を友人たちとかわいく整えたことを思い出として挙げています。
体育祭で髪とか可愛くしたり、メガホンとかTシャツとかいっぱいデコって、可愛い体育祭にしました
出典:ABEMA TIMES「FRUITS ZIPPER松本かれん『とにかくデコりまくった』かわいすぎる体育祭の思い出を初告白!当時の写真にファン反応」(2025年4月27日)
番組では、ティアラをつけた高校時代の松本かれんの写真や、友人たちと撮ったとみられるプリントシール写真も紹介されました。アイドルになる前から、行事の日に髪や小物を飾ることを楽しんでいた様子が残っています。
卒アルはある?公開された高校時代の写真との違い
松本かれんの高校時代の写真は公開されています。ただし、ABEMAの番組で紹介されたのは体育祭など当時の写真で、「卒業アルバムの写真」として紹介されたものではありません。
高校時代の写真は公開されていますが、卒アル写真と確認できるものとは分けて考える必要があります。また、高校の具体的な学校名も本人や所属先から公表されていません。
小学校や中学校についても、本人の公式プロフィールやインタビューで学校名は明らかにされていません。学校名を推測するより、中学の吹奏楽や高校の体育祭といった本人が実際に話している学生生活を見るほうが、昔の姿を具体的に追えます。
音楽短大でピアノを専攻し2022年3月に卒業
高校卒業後は音楽の短期大学へ進学し、ピアノを専攻しました。進学を考えた理由について、幼いころから続けてきたピアノを軸に、実技だけでなく音楽理論もしっかり学びたかったと話しています。
進学前にはピアノを約3年間やめていた時期があり、音大を受験しようと決めてから再開しました。長く続けていた習い事をいったん離れ、進路を決める段階でもう一度鍵盤に戻ったことになります。
卒業したのは2022年3月。本人はXで卒業を報告し、ピアノ科だったことが分かる写真も投稿しました。FRUITS ZIPPERのメンバー発表が同年2月22日だったため、学生生活の終わりとアイドル活動の始まりがほぼ同じ時期に重なっています。
音大名については、本人がインタビューで「音楽の短期大学」、Xでは「音楽大学」と表現しているものの、具体的な学校名は公表していません。ネット上には特定の短大名を挙げる情報もありますが、本人や所属先が示した校名としては扱えません。
TikTokが芸能界への入口に!アイドルを目指した大学時代
音楽短大で学んでいたころ、新型コロナウイルスの影響で日常が変わり、TikTokが広がっていきます。松本かれんも、暇つぶしとして動画を投稿し始めました。
それまで芸能の仕事をしたことはなく、ダンスも歌も習った経験はありませんでした。学校ではピアノを学びながら、スマートフォンで始めた投稿が、初めて芸能界とつながる入口になります。
コロナ禍にTikTok投稿を始める
Billboard JAPANのインタビューで本人は、コロナ禍にTikTokが流行り始め、自分も暇つぶしで投稿したと説明しています。その投稿をアソビシステム側が見たことが、声をかけられるきっかけになったと語りました。
私も暇つぶしで投稿し始めて、それを見たアソビシステムの方に声を掛けていただいて。
出典:Billboard JAPAN「<インタビュー>原宿から世界へ、“NEW KAWAII”を発信するFRUITS ZIPPERの野望」(2022年9月5日)
動画投稿そのものは、芸能活動として始めた仕事ではありません。音大生として過ごしていた時期に個人で始めたTikTokが、人に見つけてもらう場所になりました。
松本かれんの芸能界入りは、音楽短大在学中のSNS発信から動き始めました。
SNSで「アイドルになりたい」と発信して縁がつながる
別の2022年のインタビューでは、SNSで「アイドルになりたい」という気持ちを発信し、それを見た知人がアソビシステムを紹介してくれたとも話しています。
「TikTokを見たアソビシステム側から声をかけられた」という説明と、「SNSの発信を見た知人が紹介した」という説明は、本人が別の機会に語ったものです。共通しているのは、オーディション応募から始まったのではなく、SNS上の発信をきっかけに人との縁がつながった点です。
FRUITS ZIPPER以前に芸能の仕事をしていなかったことも本人が明言しています。過去の別グループから移籍した「前世」があるのではなく、音楽を学ぶ学生から初めてアイドル活動へ進んだケースでした。
FRUITS ZIPPERで初めて歌とダンスへ
ピアノやドラムの経験はあっても、「演奏すること」と「アイドルとして歌って踊ること」は別でした。FRUITS ZIPPERへの参加が決まってから、松本かれんは初めて本格的に歌とダンスのレッスンを受けます。
最初のボイストレーニングでは、できないことや恥ずかしさから泣いたこともあったと話しています。声を出すところから、自分の体を使ってステージに立つ準備が始まりました。
松本かれんがFRUITS ZIPPERとして初ステージに立つまで
2022年2月22日、FRUITS ZIPPERの7人のメンバーが正式に発表されました。音楽短大の卒業を翌月に控えていた松本かれんも、その一人として名前と写真が公開されます。
発表時点で、グループ初のライブ「FIRST CONTACT」は4月10日に予定されていました。メンバー発表から初ステージまで、およそ1か月半しかありません。
2022年2月22日にメンバーとして発表
初めてメンバーと会ったとき、本人は周囲がかわいく見えて緊張していたそうです。それでもメンバーがフレンドリーに接してくれ、早い段階で「すぐ仲よくなれそう」と感じたと振り返っています。
ほかのメンバーから見た初対面の松本かれんも特徴的でした。早瀬ノエルは、会ってすぐ腕に抱きついてきたと回想。鎮西寿々歌も、初対面のスタッフなどの懐に入るのが速いと話しています。
人と話すことが好きだった子ども時代のエピソードとは別の時期ですが、加入直後にも、人との距離が縮まる具体的な場面が残っています。
レッスンについていけず自宅でも練習
一番大きかった壁はダンスでした。ピアノは長く習い、ドラム経験もありましたが、ダンスはまったくの未経験。本人によると、振り付け以前にストレッチから苦戦したといいます。
ダンスも歌も未経験だったので、みんなに着いていくのに必死でした。
出典:Pop’n’Roll「松本かれん(FRUITS ZIPPER)[インタビュー]希望を胸に歩みを始めた7人が狙う夢舞台『紅白に出たいです!』」(2022年3月30日)
自宅ではストレッチから練習しました。プロデューサーの木村ミサも、松本がレッスンについていけず泣くことがあった一方、次のレッスンまでには自分で練習し、できることを増やしてきたとデビュー直前に語っています。
この時期は、音楽短大の卒業も重なっています。3月18日には本人が大学卒業を報告し、その翌月には初ライブを控えていました。学生としてピアノを学ぶ時間から、7人でステージを作る時間へ生活が切り替わっていきます。
4月10日のお披露目延期から4月24日の初ライブへ
ところが、予定どおり4月10日にステージへ立つことはできませんでした。メンバーとスタッフに新型コロナウイルスの陽性者が確認され、白金高輪SELENE b2で予定されていた「FIRST CONTACT」は延期になります。
メンバー発表からレッスンを重ね、初めて人前でアイドルとして披露するはずだった日が、直前で変わりました。初ステージはその2週間後、4月24日へ持ち越されます。
2022年4月24日、恵比寿CreAto。FRUITS ZIPPERはライブを行い、松本かれんは初めてアイドルとしてステージに立ちました。ASOBISYSTEMの後年の公式記事でも、FRUITS ZIPPERのデビュー日はこの2022年4月24日とされています。
公式YouTubeには、その日の恵比寿CreAtoで披露した「君の明るい未来を追いかけて」のライブ映像が残っています。TikTokを投稿していた音大生が、歌とダンスを覚え、実際に7人の一員として立った最初期のステージです。
デビューから数か月後には大型アイドルフェスのステージにも立つようになり、本人のInstagramにもライブを終えた日の記録が残るようになります。最初はストレッチから苦戦していたダンスも、日々の活動の中へ入っていきました。
セーラームーンの服で出かけ、「きらりん☆レボリューション」に憧れた少女は、ピアノと学校生活を経て、音楽短大在学中のTikTokから芸能界との接点を持ちました。
2022年4月24日、恵比寿CreAtoでの初ステージから、松本かれんのアイドルとしての時間が始まります。
































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