≒JOY(ニアリーイコールジョイ)の大西葵さんは、歌声や独特の言葉選び、好きなものへのまっすぐな熱量でも知られるメンバーです。ステージでは先輩グループに憧れていたころとは違い、自分がファンへ思いを届ける側に立っています。
その出発点をたどると、プリキュアで遊んだ子ども時代や、小学6年生の体育館での思い出、=LOVEの曲に元気をもらっていた学生生活が見えてきます。
≒JOYに入る約1年前まで、大西葵さんは=LOVEを応援する「普通の学生」でした。
いくつものオーディションを見つけながら応募をためらっていた少女が、2021年の「イコノイフェス」をきっかけに一歩を踏み出し、16歳で初めて大きなステージへ立つまでを追います。
大西葵は昔どんな子だった?東京都で過ごした少女時代
大西葵さんは2005年8月6日生まれ。公式プロフィールでは東京都出身、2026年の公式生誕特設サイトでは出生地も東京都とされています。育った場所の細かな地域までは公表されていません。
幼いころの話で繰り返し登場するのが、プリキュアです。2026年には、最初に見た作品が「フレッシュプリキュア!」だったことや、変身・攻撃アイテムの「キュアスティック」でたくさん遊んでいたことを本人が振り返っています。
小さい頃からプリキュアが大好き
子どものころに好きだったプリキュアは、大人になってからも変わらず大切な存在です。
2025年には映画「キミとアイドルプリキュア♪」の試写会へ行き、キュアアイドルとの写真を公式Instagramに投稿しました。幼いころから好きだった作品と、いま自分が立っている「アイドル」という仕事が重なる場面でした。
翌2026年には「フレッシュプリキュア!」のコラボカフェを髙橋舞さんと訪れています。その投稿で初めて見たシリーズや、キュアスティックで遊んだ記憶まで書いており、「好きだった」という一言より具体的に幼少期の姿が残されています。
学校での昔話もあります。2024年のインタビューで、小学6年生の最後に学年全員で体育館を貸し切り、お楽しみ会のような催しをしたと回想しました。本人が「とても楽しかった」と覚えている、小学校生活の終盤の一場面です。
子どもの頃には軽井沢や牧場へ行ったことも
家族旅行か学校行事かまでは語られていませんが、子どものころには軽井沢へ行った経験もありました。2024年の「ニアジョイどらい部」で再び軽井沢を訪れた際、白糸の滝についてはその日が初めてだったと紹介されています。
同じ企画で千葉県の成田ゆめ牧場へ出かけたときには、大西さん自身に子どものころ牧場へ行った経験があることも明かされています。後年のロケ中の会話から、幼いころに出かけた場所の記憶が少しずつ残されています。
大西葵の家族構成は?母親との日常や兄弟について
大西葵さんの家族について、本人の発信からは母親との日常が確認できます。一方、父親や兄弟姉妹について、本人や≒JOY公式が家族構成として詳しく公表した情報はありません。実家の具体的な場所も非公表です。
東京都出身・東京都生まれであることは公式情報にありますが、実家の地域や生活圏までは公表されていません。家族について具体的に残っているのは、本人が日常の中で母親に触れた投稿などです。
母親との「くま・まま」遊び
活動を始めて間もない2022年8月、大西さんは公式Xで自宅でのマイブームを紹介しました。母親に向かって「くまモフモフ、ままモフモフじゃない」と言う遊びで、最初は反応してくれた母親も、そのころにはスルーするようになったそうです。
アイドルとして世に出た直後にも、家ではこうした言葉遊びを母親へ投げかけていました。お披露目から約5か月後の、活動初期の日常がそのまま残る投稿です。
大西葵の学歴は?16歳の学生時代からオーディションまで
大西葵さんは、≒JOY加入前の自分を「普通の学生」と振り返っています。小学校・中学校・高校の正式な学校名については、本人の公式プロフィールでは公表されていません。
学生時代の服装については、後年かなり具体的に話しています。制服のスカートは1回折り、白いカーディガンを羽織り、スニーカーではなくローファーを合わせ、リボンのついたお気に入りのリュックで登校するのが定番でした。
持ち物を飾るのも昔から好きで、小学生のランドセルにも色々なものを付けていたそうです。活動後も普段使いのバッグには、くまのストラップなどを付けています。幼少期から現在まで続いている好みが、学生時代の小物にも表れていました。
学校名とは別に、学生として過ごしていた時期の本人の言葉は残っています。2022年10月のインタビューでは、わずか1年前まで=LOVEが大好きで、自分は応援する側にいたと話しました。
「私も1年前までは、イコラブさん(=LOVE)が大好きな普通の学生で、応援する側の立場でした。」
出典:SGS109「≒JOY(ニアリーイコールジョイ) 逢田珠里依、天野香乃愛、大西葵、髙橋舞、福山萌叶、村山結香 インタビュー」(2022年10月11日)
1年前までは=LOVEを応援する普通の学生
同じインタビューで大西さんは、=LOVEからたくさん元気をもらい、学生時代の心の支えになっていたと話しています。学校生活を送りながら、ステージの向こう側にいる先輩たちをファンとして見ていた時期です。
2022年8月の別インタビューでは、家にいるのが好きなタイプで、体力も自分の課題だと語っています。加入後に急に作られたキャラクターではなく、本人が自分の得意不得意を言葉にしていたことが分かります。
16歳で人生が大きく変わる
大西さんがオーディションに合格したのは16歳のときです。2023年、「スイートシックスティーン」にちなんで16歳を振り返る質問を受けると、≒JOYとして活動が始まった年として答えました。
「人生が変わった年だったと思います!」
出典:EMMARY「【『≒JOY』インタビュー💕】4th Song『スイートシックスティーン』配信リリース✨」(2023年3月31日)
20歳を迎えた後の2026年には、10代の自分を長文で振り返るInstagram投稿も残しました。子どものまま大人になりたいという感覚や、周囲への恩返しをしたいという現在の言葉から、16歳で始まった数年間を本人自身が見直しています。
=LOVEを応援する側からアイドルを目指すまで
大西さんが最初から迷いなくオーディションへ進んだわけではありません。=LOVEや≠MEが好きで、さまざまなオーディションが開催されるたびに「受けようか、どうしようか」と考えながら、結局応募しない日々が続いていました。
一方で、将来や「自分らしさ」について悩んでいた時期でもありました。2022年3月のお披露目会見では、自分にしかない方法で誰かを元気にできる存在になりたいと、アイドルを目指した理由を話しています。
「自分にしか出来ない方法で、誰かのことを元気にさせてあげられるようになりたい」
出典:ORICON NEWS「指原莉乃プロデュースの新グループ『≒JOY』 アイドル目指したきっかけは『小学生の頃HKT48さんを見て』」(2022年3月29日)
オーディションを見つけても応募せずにいた
「アイドルが好き」と「自分も応募する」の間には距離がありました。大西さんは後に、色々な募集を見ては悩み、結局受けないことを繰り返していたと具体的に明かしています。
そんな状態を変えたのが、2021年に行われた「イコノイフェス2021」でした。=LOVEと≠MEを見ていたその場で、指原莉乃さんがプロデュースする「第3のグループ」のオーディション開催を知ります。
イコノイフェス2021で「第3のグループ」を知る
これまでなら迷ったまま見送っていた募集でしたが、このときは違いました。ずっと応援してきた先輩グループにつながる新しいグループ。その告知を見たことが、実際の応募へ直結します。
「受けようと決めました。」
出典:vois「ニアジョイ『唯一無二のグループにしたい』新進気鋭のアイドルが目指す未来」(2022年8月17日)
応募後の審査を経て、第3のグループオーディションは2022年1月30日に最終審査を迎えました。約1年前まで客席側にいた学生が、ここで指原莉乃さんプロデュースの新グループの合格者になります。
第3のグループオーディションに合格して≒JOYへ
最終審査から約2か月後の2022年3月29日、メンバーのお披露目とともにグループ名「≒JOY」が発表されました。大西さんはまだ16歳。ここから撮影や歌唱チェック、レッスン、合宿など、経験したことのない時間が続きます。
お披露目直後の本人は、歌・ダンス・表現だけでなく「アイドルに求められる全て」が課題だと話していました。人と比べてしまうこと、体力への不安も自分の課題として挙げています。
別の初期インタビューでは、合格した瞬間を「人生の運を使い果たしたのでは」と思うほどの出来事だったと振り返っています。実際に仕事が始まると、一つひとつの規模の大きさに驚き、「もっと頑張らないと」と焦ることも多かったそうです。
合格後の撮影や歌唱チェックを公式ドキュメンタリーが記録
公式YouTubeの「Documentary of ≒JOY -Episode1-」には、オーディション後の宣材写真撮影や歌唱チェック、お披露目へ向かう過程が収められています。江角怜音さん、大信田美月さんとともに、大西さんの「転機」を追った回です。
このドキュメンタリーのYouTube版は2022年5月31日に公開されました。3月のお披露目から7月の初ステージまでの間に、合格後の「新しい仕事」がどんな速度で始まっていたのかを映像でたどれる資料になっています。
合宿で「ファン」からステージに立つ側へ
合格したうれしさに浸っていた時期を抜け、合宿や初ステージの準備を経験するうち、大西さんが先輩を見る目も変わっていきました。以前は「素敵」「可愛い」と純粋に憧れていた先輩たちを、ステージに立つプロとして見るようになります。
「本当に一人のファンという目で見ていました。」
出典:UtaTen「≒JOY、アイドルとして活動することで変わった心境、これからのグループの成長について語る。」(2022年8月25日)
初期のMV撮影でも、カメラに向かってアピールすることに慣れず戸惑った場面がありました。そのとき≠MEの櫻井ももさんや谷崎早耶さんが声をかけ、一緒にアピールへ行ってくれたと本人が振り返っています。
「イコノイジョイ2022」のリハーサルでは、歌がうまくいかず落ち込んでいた際に、=LOVEの諸橋沙夏さんや≠MEの冨田菜々風さんから励まされたこともありました。憧れていた先輩と同じ現場に入り、直接学ぶ日々が始まっていました。
16歳で初ステージ!大西葵のアイドル人生が始まる
2022年7月3日、富士急ハイランド・コニファーフォレストで「イコノイジョイ2022」が開催されました。=LOVE、≠ME、≒JOYが集まる合同イベントで、大西さんにとってはアイドルとして初めて立つステージです。
会場は広く、ステージには立ち位置を示す番号も多くありました。何も想像できない状態からリハーサルを重ね、本番の日を迎えます。
≒JOYは初ステージで、=LOVEの「スタート!」「届いてLOVE YOU♡」を披露したあと、ファーストソング「≒JOY」を歌いました。夜公演のシャッフル企画では、大西さんと村山結香さんが先輩メンバーとともに「ズルいよ ズルいね」の歌唱メンバーにも選ばれています。
当日のライブレポートでは、ファーストソング「≒JOY」で市原愛弓さん、大西葵さん、小澤愛実さんらのボーカルにも触れられました。大西さんは初ステージの日から、グループ曲だけでなく先輩とのシャッフル曲でも歌声を届けています。
初ステージから見た景色は忘れられない
1年後に当時を振り返った大西さんは、「イコノイジョイ2022」を活動初年度でも特に印象に残る出来事として挙げています。大きな会場で初めてファンのペンライトを目にした経験は、その後ライブを好きになる原点にもなりました。
「去年、初めてのステージから見た光景は忘れられないですね。」
出典:THE FIRST TIMES「≒JOYが振り返る1st Songからの1年。新作MVの主人公に重ねた、オーディションや上京当時の思い」(2023年8月30日)
ステージに立つ前は、=LOVEの曲に励まされる側でした。初ステージを終えた後は、自分が歌い、客席のペンライトを見る側になります。2024年1月17日にはデビュー・ミニアルバム「きっと、絶対、絶対」が発売されましたが、大西さんのアイドル活動そのものは2022年のこの夏からすでに始まっています。
活動開始後に歌った「笑って フラジール」の振り付けには、最初の動きを「アイドルになる前の自分」に見立て、そこへ王冠をかぶせてアイドルの自分へスイッチを入れるという裏テーマがあったと大西さんが明かしています。客席にいた学生からステージ上の本人へ、という歩みと重なる振り付けでした。
2026年、≒JOYの歩みを振り返る作品に触れた大西さんは、公式Instagramでグループの歴史や懐かしさに言及しています。学生として先輩を見ていたころから、≒JOYの歴史を自分の足で重ねてきた時間が投稿にも残るようになりました。
大西葵の高校や活動休止についてよくある疑問
学生時代については学校名よりも、本人が語った制服の着こなしや当時の思い出が多く残っています。活動開始後には、2023年末から一時的に休養した時期もありました。
大西葵の高校はどこ?
大西葵さんは加入前を「普通の学生」と話し、16歳でオーディションに合格したことも明かしています。高校の正式な学校名は本人・公式から公表されていませんが、中高生時代の制服の着こなしや学生生活の思い出は本人のインタビューに残っています。
活動休止と復帰はいつ?
≒JOY運営は2023年11月27日、以前から体調不良が続いていたため、同年12月16日のオンラインサイン会を最後に大西さんがしばらく休養し、療養に専念すると発表しました。病名など、それ以上の理由は公表されていません。
実際のステージ復帰はそれより少し早く、2024年2月23日の≒JOY 2周年コンサートでした。約2か月の休養を経て再びメンバーとステージに立ち、その後のイベント参加について公式から順次案内されています。
2024年2月25日には公式サイトが活動再開に伴う案内を出し、3月9日開催のオンライン個別お話し会から参加すると発表しました。2周年コンサートでステージへ戻ったあと、オンラインイベントへの参加も順次再開しています。
高校名など公表されていない部分はありますが、大西さん自身の言葉には学生時代の景色が具体的に残っています。客席から見ていた先輩たちと同じ「イコノイジョイ」のステージに立った2022年7月3日が、大西葵さんのアイドルとしての出発点になりました。
































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