河口夏音の生い立ちは?広島出身の少女時代や家族構成、高校時代から≠MEになるまで

ひと目でわかるプロフィール
河口夏音
かわぐち なつね
=LOVEを応援する高校生から、≠MEのステージへ進んだ広島県出身のアイドル。
生年月日
2001年7月29日
血液型
AB型
身長
165cm
出身地
広島県
所属・活動形態
≠ME
活動時代
令和アイドル
アイドル活動開始
2019年
活動開始時年齢
17歳
アイドルになったきっかけ
オーディション

≠MEの河口夏音さんは、ホラー映画やお笑いが好きで、イラストや独特な特技でも知られるメンバーです。ステージではアイドルとして活動する一方、本人が語る昔の話をたどると、子どものころは今以上に人見知りだったといいます。

アイドルになる前は学生生活を送りながら、長くバスケットボールを続けていました。高校時代には体育祭や友人との時間を楽しみ、=LOVEを応援する側でもありました。

齊藤なぎささんの握手会に足を運んでいたファンの一人が、2019年には姉妹グループ≠MEのメンバーとしてステージに立ちます。

広島県で生まれた少女が、どんな家庭や学校生活を経て「応募する側」になったのか。幼少期から高校卒業、オーディション、初ステージまでを時系列で追います。

河口夏音の生い立ち!広島出身の少女時代

河口夏音さんは2001年7月29日生まれ。≠ME公式の生誕特設ページでは出生地が広島県、通常の公式プロフィールでも出身地が広島県とされています。

幼いころから人前に出ることが得意だったわけではありません。後年、映画「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」に登場するベスについて語った際、自分の子ども時代にも触れています。

私自身、小さい頃は今以上に人見知りで、ピアノも習っていた

出典:TV LIFE web「『≠ME 河口夏音のええ絵映画と…』第22回:『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』」(2024年5月22日)

小さいころは今以上に人見知り!ピアノも習っていた

本人の記憶にある幼少期は、「人見知り」と「ピアノ」という二つの要素が並びます。現在のように多くの観客の前へ出る生活とは離れたところで、まずはピアノに触れていた少女時代がありました。

広島県は出生地・出身地として公式に確認できますが、幼少期の具体的な住所や通った学校名までは公表されていません。地元については、公開されている範囲を越えて細かな生活圏を決めつけることはできません。

後年には、同じ広島県出身で同い年のJuice=Juice・段原瑠々さんと交流するようになりました。段原さんも公式ブログで河口さんを「同い年で同郷」のアイドル仲間として紹介しています。

小さいころからホラーが身近だった

河口さんを語るうえで、ホラー好きは後から突然加わった趣味ではありません。2019年のインタビューで「他のメンバーに負けないこと」を聞かれると、心霊経験の多さを挙げ、小さいころの記憶を話しています。

小さい頃にお化けを見たり、結構いろいろなエピソードがあります。

出典:YOUTH TIME JAPAN「指原莉乃プロデュースアイドル≠ME(ノットイコールミー)ってどんなグループ?」(2019年10月1日)

2022年にも、ホラーを好きになった明確な一度のきっかけがあるというより、小さなころから自然に見ていたと説明しています。映画を観るだけでなく、加入初期には「おばけのものまね」をする一面を冨田菜々風さんから明かされていました。

大人になってからも映画鑑賞は続き、公式Instagramにはホラー作品を友人と観に行った日の投稿も残っています。幼いころから身近だったジャンルが、長く続く趣味になっています。

河口夏音の家族構成は?父親・母親・兄とのエピソード

河口夏音の家族構成
本人が家族のエピソードで言及
本人が家族のエピソードで言及
本人が家族のエピソードで言及
本人
河口夏音

河口さんの家庭については、本人が父親・母親・兄との日常を何度か話しています。家族の氏名や職業といった個人情報ではなく、公開されている会話や出来事から家庭の雰囲気が見えてきます。

家族みんながお笑い好きだったお正月

河口家で共通していた楽しみの一つがお笑いです。正月の過ごし方を聞かれた河口さんは、朝から晩まで放送されるお笑い番組を家族で見ていたことを振り返っています。

私の家族はみんなお笑いが好きなので、ずっとお笑い番組を見ていますね。

出典:TVガイドWeb「『ノイステコラム』#19★Happy New Year!! 落合希来里、河口夏音、本田珠由記が2024年の目標を“ある形”で答えます」(2024年1月3日)

大みそかには家族で「笑ってはいけない」シリーズを見るのが恒例で、CMになると「NHK紅白歌合戦」に替え、河口さんが見たいアーティストをチェックしていたそうです。この日だけは本人がテレビの主導権を握っていたと話しています。

アイドルだけでなくお笑いも好きだという現在の嗜好には、家族とテレビを囲んだ時間が重なります。自宅で同じ番組を見て笑うという、特別なイベントではない日常が本人の昔話として残っています。

鍵を忘れた日に見えた父・母・兄との日常

家族構成が具体的に見えるのが、河口さんが自宅の鍵を忘れた日の話です。1日予定を終えて帰宅したものの鍵がなく、父親は寝ており、母親は入浴中、兄は外出していて、インターフォンを押しても誰も出ませんでした。

電話もつながらず、家の前で何度もインターフォンを押しながら「このまま家に入れなかったらどうしよう」と不安になったそうです。暗い中で何度も押していたため、本人は「不審者だと思われないか」という心配までしていました。最後は入浴を終えた母親が気づき、無事に家へ入ることができました。

母親との時間は、成人後の公式Instagramにも登場します。2023年には母娘でグアムを訪れた旅行の写真を投稿しており、家庭のエピソードとは別の形で母娘の時間が残されています。

河口夏音の学歴は?小学校・中学校・高校の学生時代

河口夏音の学歴
小学校
学校名非公表
小学3年生からバスケットボールを始める
中学校
学校名非公表
中学3年生までバスケットボールを続ける
高校
学校名非公表
2020年3月に卒業

河口さんの小学校・中学校・高校について、本人や≠ME公式プロフィールでは具体的な学校名は公表されていません。一方、学校生活そのものについては、バスケットボールや体育祭、高校卒業時の言葉など複数の本人エピソードがあります。

小学3年生から中学3年生までバスケットボール

河口さんは小学3年生から中学3年生までバスケットボールを経験しています。小学校から中学校まで6年以上続けたスポーツで、後のインタビューではポジションがフォワードだったことも話しています。

本人は50メートル走が8秒ほどだったといい、バスケについては試合に多く出ていたと誇るのではなく、出場しないときは応援を頑張っていたと振り返っています。学校時代のスポーツ歴は、現在のプロフィールだけでは見えにくい昔の一面です。

練習には厳しい場面もありました。学生時代、チームメイトのミスで連帯責任として走ることになり、ようやく終わると思ったところで「声が出ていない」とさらにグラウンドを1周したことがあったそうです。

中学生のころから続けている小さな習慣もあります。2019年に毎日欠かさずすることを聞かれ、河口さんは足のマッサージを挙げました。

中学生の頃から欠かさずに続けています!

出典:YOUTH TIME JAPAN「指原莉乃プロデュースアイドル≠ME(ノットイコールミー)ってどんなグループ?」(2019年10月1日)

高校では体育祭を楽しみ、2019年に≠MEへ

高校生活では、体育祭で河口さんのクラスが入ったチームが優勝した思い出があります。本人は長縄など全員参加の種目に出場し、自分が競技で大活躍したというより、応援を頑張ったと話していました。

高校時代の思い出は学校行事だけではありません。クリスマスについて話した際には、高校生のころに友人同士で集まり、プレゼント交換をしていたことを振り返っています。加入前の日常には、友人と季節のイベントを楽しむ時間もありました。

高校卒業のおよそ1年前となる2019年、生活は大きく変わります。1月に姉妹グループオーディションの最終審査があり、2月には≠MEのメンバーとしてお披露目。学校へ通いながらアイドル活動が始まりました。

それでも高校生活は卒業まで続き、2020年3月15日には本人が高校卒業を報告しています。高校3年間を振り返る短い言葉も添えられていました。

卒業を報告した本人は、高校3年間を「最高に楽しい」と振り返っています。体育祭や友人とのクリスマスの記憶に加え、在学中に≠MEへ加わった時間までを含む3年間でした。

大学や専門学校への進学については、具体的な進路を示す本人・公式情報は公表されていません。高校在学中に≠MEへ加入し、卒業するころにはすでにアイドルとして活動していたことは時系列で確認できます。

河口夏音がアイドルを好きになったきっかけ

河口さんは自分がアイドルになる以前から、アイドルそのものを見ることが好きでした。加入直後のインタビューではHKT48が大好きで、カラオケに行くと「メロンジュース」や「しぇからしか!」を歌うと話しています。

やがて、指原莉乃さんがプロデュースする=LOVEのファンになります。ここで河口さんは、テレビや動画で見るだけでなく、実際に握手会へ足を運ぶ側にいました。

=LOVEファンとして齊藤なぎさの握手会へ

その事実は河口さん本人だけでなく、当時=LOVEのメンバーだった齊藤なぎささん側の証言にも残っています。齊藤さんは後年、≠MEの尾木波菜さんと河口夏音さんが自分の握手会へ来てくれていたと明かしました。

齊藤さんは、かつて握手会に来ていた2人と一緒に仕事をするようになったことを「すごくうれしい」と話しています。河口さんにとって、=LOVEは同じプロジェクトの先輩グループになる前から、客席側で会いに行っていた存在でした。

高校生だった河口さんの前に、見る側から参加する側へ移る入口が現れます。=LOVEの姉妹グループを作るためのオーディション募集でした。

=LOVEの姉妹グループオーディションへ

=LOVEを好きだった河口さんにとって、姉妹グループの募集は自分の好きな世界へ入る直接の機会でした。2022年のインタビューで、アイドルになろうと思ったきっかけを聞かれた本人は、応募までを端的に振り返っています。

「これはもう応募するしかない!」と思って応募しました。

出典:エキサイトニュース/ENTAME next「多才すぎるアイドル・≠ME 河口夏音『特技が多すぎてすぐに全部挙げられない』」(2022年8月21日)

ファンとして応援していた=LOVEの「姉妹グループ」という募集そのものが、河口夏音さんをアイドル側へ動かした直接のきっかけでした。

2019年1月26日の最終審査を経て≠MEメンバーに

≠ME公式サイトによると、姉妹グループのオーディション最終審査は2019年1月26日に行われました。河口さんは当時17歳。高校生活の途中で、その審査を通過します。

同年2月24日、メンバーがお披露目され、指原莉乃さんからグループ名が「≠ME」と発表されました。河口さんが本格的にアイドルとして活動し始めた年は、この2019年です。

「≠ME」という名前には、「今までとは違う自分をみんなに経験してほしい」という思いが込められています。=LOVEを応援していた河口さんにとっても、この日から姉妹グループの一員として活動する立場になりました。

お披露目から初ステージまでは、すぐに本番へ出たのではなくレッスンの日々が続きました。TIF2019の初ステージ後、センターの冨田菜々風さんも、オーディション後はステージデビューの日が来るのか不安になる時期があったと振り返っています。

結成から約7か月の時点では、メンバーが定期的にミーティングを開き、グループの目標や楽曲の表現について確認していたことも明かされています。お披露目の場に立った12人が、歌やダンスだけでなく、同じ曲をどう届けるかまで話し合いながら初期の活動を作っていました。

その期間には、歌やダンスだけでなく、12人で一つのグループとして動く時間が積み重なりました。河口さんは後に、アイドルになる前は「つらいことが多いのかな」と想像していたものの、実際に始めるとそれ以上に「すごく楽しい」という気持ちが強かったと話しています。

河口夏音が初めてアイドルとしてステージに立つまで

初ステージは2019年8月4日の「TOKYO IDOL FESTIVAL 2019」。≠MEはSMILE GARDENで初パフォーマンスを行い、=LOVEのカバー4曲と、グループ初のオリジナル曲「≠ME」を披露しました。

カバーしたのは「スタート!」「届いてLOVE YOU♡」「部活中に目が合うなって思ってたんだ」「探せ ダイヤモンドリリー」の4曲。最後に初のオリジナル曲「≠ME」を歌う、全5曲のセットリストでした。

河口さんはその6日前、7月29日に18歳の誕生日を迎えたばかりでした。17歳で≠MEのメンバーとしてお披露目され、18歳になって最初の大きな節目がTIF2019でのステージデビューになりました。

会場には2,000人を超える観客が集まったと報じられています。=LOVEの握手会へ足を運んでいた高校生が、半年ほどの準備期間を経て、今度は観客から見られる側としてアイドルフェスのステージに立ちました。

この日のTIF2019全体の来場者数は3万2,000人で、3日間では8万8,000人。河口さんたちの初舞台は、多数のアイドルと観客が集まる夏の大型イベントの一角で行われました。

ステージを終えた夜には、本人がその日の景色を公式Xに残しています。

「普通の女子高生」だったころから加入直後までを残した公式映像

初ステージから5日後の8月9日には、河口さん個人の「Documentary of ≠ME」episode1が公式YouTubeで公開されました。アイドルになる前から加入直後までを本人の映像で見られる、初期を知る資料です。

同じ2019年8月のインタビューでは、冨田菜々風さんが河口さんについて、見た目の印象とは違って「おばけのものまね」をしたり、カラオケで熱唱する動画を送ったりすると紹介しています。子どものころからのホラー好きも、加入したばかりのメンバー同士のやり取りに顔を出していました。

2019年10月、河口さんは加入後の変化として、人と接する機会が増えたことにも触れています。もともと人見知りだった本人にとって、握手会などで多くの人と会うことが新しい日常になりました。

人との関わり合いを大事にするようになりました。

出典:YOUTH TIME JAPAN「指原莉乃プロデュースアイドル≠ME(ノットイコールミー)ってどんなグループ?」(2019年10月1日)

小さいころ「今以上に人見知り」だった少女は、握手会に参加するファンを経て、自分自身が握手会やステージで人と向き合う立場になっていました。

河口夏音がアイドルになるまで
2001年7月29日
広島県で誕生
小学3年生
バスケットボールを始める
中学3年生まで
バスケットボールを続ける
2019年1月26日
姉妹グループオーディション最終審査
2019年2月24日
≠MEメンバーとしてお披露目
2019年8月4日
TIF2019で初ステージ
2020年3月
高校を卒業
2021年4月7日
≠MEがメジャーデビュー

2021年、≠MEがメジャーデビュー

初ステージから約1年8か月後の2021年4月7日、≠MEはミニアルバム「超特急 ≠ME行き」でメジャーデビューしました。河口さんがオーディションを受けた2019年から数えると、グループ活動を積み重ねた先で迎えた節目です。

2026年2月24日には≠MEが結成7周年を迎え、河口さんは公式Instagramで、7年間続けられた理由としてアイドルの仕事を心から楽しいと感じていることを記しています。

=LOVEの握手会に足を運んでいた河口さんは、姉妹グループの募集を見つけて自ら応募し、17歳で≠MEのメンバーになりました。2019年8月4日に初めてステージへ立ったところから、河口夏音さんのアイドルとしての日々が本格的に始まりました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です