≒JOYのメンバーとしてステージに立つ髙橋舞。現在はライブや楽曲、SNSを通してさまざまな表情を見せています。
その舞にも、兵庫県で学校へ通い、友人たちと誕生日を祝い、チアリーディング部で過ごしていた高校時代がありました。アイドルになりたいという夢を知っていた友人も、当時は親友だけだったといいます。
髙橋舞がオーディションへ踏み出す直接のきっかけは、体育のダンス授業で先生から声をかけられたことでした。
16歳で応募し、合格後は家族と何度も話し合って兵庫を離れることを決断。学校の友人たちには本当の上京理由を詳しく言えないまま、1人で東京へ向かいます。少女時代の学校生活から≒JOYとして最初のステージに立つまでを追います。
髙橋舞は昔どんな子だった?兵庫県で過ごした学生時代
髙橋舞が後年に振り返っている少女時代には、友人と過ごした学校ならではの場面が残っています。特に具体的なのが、16歳の誕生日の思い出です。
そのころの学校では、誕生日を迎えた友人にお菓子を積み上げた「お菓子タワー」を贈ることが流行していました。舞も友人が祝われている姿を見て、自分もやってもらえたらいいなと思っていました。
16歳の誕生日に友人が作った「お菓子タワー」
そして迎えた16歳の誕生日。友人たちは舞にもお菓子タワーを用意しました。
「自分にも実際にやってもらえてうれしかった思い出があります。」
出典:TV LIFE web「≒JOYインタビュー『スイートシックスティーン』リリース」(2023年3月9日)
うれしかったのは教室の中だけではありません。廊下ですれ違う人たちからも「おめでとう」と声をかけてもらったそうで、本人は後になって「学生生活ならでは」と振り返っています。
現在のステージ上の姿とは違い、当時の舞の周りにあったのは学校の廊下や友人たちとの何気ない時間でした。この16歳という年齢で、やがてそれまでの日常を大きく変えるオーディションに応募することになります。
コロナ禍で思うように送れなかった学生生活
舞の高校年代は、新型コロナウイルスの影響を強く受けた時期とも重なっています。本人は後のインタビューで、コロナ禍によって学生生活を思うように過ごせなかったと話しました。
学校行事や人との交流に制限がある時期でも、友人と誕生日を祝い、部活動を続けていました。その日常の中で、進路を変えるきっかけになったのが体育の授業でした。
髙橋舞の学歴は?高校時代とチアリーディング部
髙橋舞の小学校・中学校の具体的な校名は公表されていません。高校についても校名は明らかにされていませんが、オーディション合格前は兵庫県の学校に在籍し、チアリーディング部で活動していたことを本人が語っています。
大学については進学したという公表情報はありません。本人は後年、もしオーディションを受けていなければ、高校生活を送り、そのまま大学生として学生生活を過ごしていたと思うと話しています。
兵庫県の学校で過ごした高校時代
高校時代の舞はチアリーディング部に所属していました。上京するころまで続けていた部活動で、本人の話では練習が厳しく、部員が簡単には休めない環境だったそうです。
チアで体を動かし、学校生活を送っていた舞ですが、当時から芸能活動をしていたわけではありません。「アイドルになりたい」という気持ちも学校中に話しておらず、その夢を知っていた友人は親友だけでした。
体育のダンス授業で先生からかけられた一言
芸能界への入口は、学校の体育で行われたダンスの授業でした。踊っている舞を見た先生が、その存在感に気づいて声をかけます。
「あなたどこにいても目に入ってくるよ」
出典:ORICON NEWS「指原莉乃プロデュースの新グループ『≒JOY』 アイドル目指したきっかけは…」(2022年3月29日)
先生は続けてオーディションを受けてみてはどうかと勧めました。舞自身が≒JOYのお披露目会で「オーディション受けたら?と言ってくれたのがきっかけです」と説明している出来事です。
アイドルになりたい気持ちは胸の中にあっても、実際に応募するまでには一歩が必要でした。学校の先生から掛けられた言葉が、その一歩を踏み出す具体的なきっかけになりました。
アイドルの夢を知っていたのは親友だけ
舞は、アイドルになりたいという夢を広く周囲に話していませんでした。学校の友人の中で、その気持ちを知っていたのは親友だけだったといいます。
この秘密は、後に学校を離れる場面にも関わってきます。オーディションに合格しても、お披露目までは≒JOYのメンバーになることを話せなかったためです。
友人たちは、いつも一緒に学校で過ごしていた舞から突然「上京する」と聞くことになります。それでも舞は、その時点では東京で何を始めるのかまで説明できませんでした。
16歳で「第3のグループ」オーディションへ
2021年10月、指原莉乃がプロデュースする=LOVE、≠MEに続く「第3のグループ」のオーディションが始まりました。舞は16歳でこの募集に応募します。
当時はコロナ禍で、思い描いていた学生生活を十分に送れなかった時期でした。その中で舞が応募するときに考えていたのは、とてもシンプルな言葉でした。
「人生1回きり」と挑戦を決めた
「人生1回きりしかないからやってみよう」
出典:SGS109「≒JOY 逢田珠里依、天野香乃愛、大西葵、髙橋舞、福山萌叶、村山結香 インタビュー」(2022年10月11日)
やりたいと思っていても、挑戦しなければ後悔で終わってしまうことがある。舞は同世代の読者へ向けたインタビューの中で、自分自身もこの気持ちからオーディションを受けたと話しています。
もし受けていなければ、本人が想像する未来は高校を卒業して大学生になる生活でした。学校生活の延長線上にあった進路から、アイドルを目指す審査へ進んだことになります。
2022年1月30日の最終審査を経て合格
「第3のグループ」オーディションの最終審査は2022年1月30日に行われ、舞はメンバーに選ばれました。まだこの時点では、後に名乗ることになる「≒JOY」というグループ名は公表されていません。
審査で歌った曲や応募時の服装など、舞個人の細かな審査内容は公表されていません。はっきり残っているのは、16歳で応募し、最終審査を経て合格したこと、そして合格後に生活拠点を変える決断が必要になったことです。
加入直後を追った公式ドキュメンタリー「Documentary of ≒JOY -Episode1-」には、髙橋舞・福山萌叶・藤沢莉子の3人を軸に、お披露目会の裏側やオーディション合格後の宣材撮影、歌唱チェックなどが収められています。
髙橋舞の家族構成は?合格後の話し合いと上京
髙橋舞の家族の人数や、父親・母親・兄弟姉妹の詳しい構成は公表されていません。一方、オーディションに合格してから上京を決めるまで、家族と何度も話し合ったことは本人が明かしています。
16歳で応募し、合格したころの舞はまだ高校年代でした。兵庫で続けてきた学校生活を離れて東京へ移ることについて、本人も後に「未熟ながらもすごく悩みました」と振り返っています。
合格後は家族と何度も話し合った
「きっと、青い」という楽曲について語ったインタビューで、舞は歌詞を加入前の自分たちと重ねながら、オーディションを受けた16歳のころを思い返しています。
「合格した時は家族とたくさん話しました。」
出典:vois(旧MusicVoice)「≒JOY髙橋舞、藤沢莉子、村山結香が『絶対譲れないこと』とは?」(2024年2月7日)
話し合いの先で、舞は東京へ行くことを選びました。本人は同じインタビューで、「勇気を出して1人で上京した」と当時を振り返っています。
上京の日に見送ったのは家族
兵庫を離れる当日、舞を見送ったのは家族でした。学校の友人やチアリーディング部の仲間が大勢集まって見送ったわけではありません。
チアリーディング部は練習が厳しく、部員たちは活動を休んで見送りに行けなかったからです。ただ、仲間たちはその前に別の形で舞との時間を作っていました。
チア部の仲間が開いたお別れパーティー
チアリーディング部の仲間たちは上京前、パーティールームを貸し切り、お菓子を持ち寄って舞のお別れ会を開きました。
そこではプレゼントや花束も贈られました。練習を休めず出発当日の見送りには行けなくても、その前に一緒に過ごす時間をつくり、学校を離れる舞を送り出していたのです。
兵庫を離れ1人で東京へ
家族との話し合いを経て、舞は兵庫県の学校を離れて東京へ向かいました。まだ≒JOYのお披露目前だったため、学校の友人にはオーディション合格を自由に話せない時期でした。
お披露目前で上京理由を言えなかった
舞が学校を離れると伝えると、友人たちは驚きました。しかし、「ニアジョイとしてデビューするので東京へ行く」と説明することはできませんでした。
そこで、舞は友人たちに伝えられる範囲で上京の理由を話しました。
「夢のために学校を辞めて上京します」
出典:VANITYMIX「≒JOY VANITYMIX WEB LIMITED INTERVIEW」(公開日記載なし)
けれども、アイドルになる夢を知っていたのは親友だけ。ほかの友人には、その「夢」が何なのか分かりません。舞によれば、周囲からは「なんで東京に行くんだろう?」と思われていたそうです。
合格をみんなに報告してから出発するのではなく、理由を伏せたまま学校生活に区切りをつける時間がありました。お披露目の日までは、東京で始まる新しい生活を詳しく話せないまま、兵庫の友人たちと離れることになりました。
新しい東京で始まった生活
初めて東京へ来たころ、舞は街に並ぶ流行の速さにも驚いたといいます。本人の感覚では、東京で流行した食べ物が兵庫に届くまでには時間差があり、渋谷にはネットで見たものがすぐ並んでいました。
「あっ、これネットで見た!」
出典:VANITYMIX「≒JOY VANITYMIX WEB LIMITED INTERVIEW」(公開日記載なし)
舞はうれしくなり、東京で流行していた食べ物をいろいろ食べたそうです。学校を離れる場面には別れがありましたが、新しい街で初めて見るものを楽しむ日常も始まっていました。
同時に、合格後は宣材撮影や歌唱チェックなど、これまでの学校生活にはなかった予定も動き始めます。東京での新生活は、そのまま≒JOYのお披露目へ向けた準備期間でもありました。
髙橋舞が≒JOYとしてステージに立つまで
2022年に入ってから数か月の間に、舞の生活は大きく変わりました。1月30日の最終審査を経て合格し、兵庫から上京。3月になると、ようやく新しいグループとメンバーの存在が公になります。
2022年3月29日に≒JOYメンバーとしてお披露目
2022年3月29日、東京都内で「第3のグループ」のお披露目会が開かれました。この日、指原莉乃プロデューサーからグループ名が「≒JOY(ニアリーイコールジョイ)」と発表され、舞もメンバーとして公の場に立ちました。
学校の友人たちには詳しく言えなかった上京の理由が、ここで初めて表に出ます。舞が会見でアイドルを目指したきっかけとして話したのは、兵庫の学校で体育の先生に声をかけられた出来事でした。
≒JOYという名前には、メンバーと応援するファンが出会ったときに喜びを感じ、幸せな気持ちになってほしいという指原莉乃プロデューサーの思いが込められています。舞にとっても、ここからは新しいグループの一員としての活動が始まりました。
お披露目のあとに待っていたのは、本格的なステージへ向けたレッスンです。公式ドキュメンタリーでは、宣材撮影や歌唱チェックから、初めての大舞台へ進んでいくメンバーたちの時間が記録されています。
2022年7月3日、富士急で初ステージ
初ステージを数日後に控えた2022年6月28日、舞は公式Xで「イコノイジョイ 2022」が目前に迫ったことに触れていました。まだ観客の前で≒JOYとしてステージデビューする前の投稿です。
2022年7月3日、富士急ハイランド・コニファーフォレストで「イコノイジョイ 2022」が開催されました。≒JOYにとって、この日が初めて観客の前でパフォーマンスするステージです。
前日の7月2日にはファーストソング「≒JOY」のMusic Videoが公開され、7月3日には楽曲配信も始まりました。オリジナル曲を世に出した直後、その曲を実際のステージで届ける流れでした。
≒JOYは先輩グループ=LOVEの「スタート!」「届いてLOVE YOU♡」を披露したあと、ファーストソング「≒JOY」をパフォーマンスしました。体育のダンス授業で先生からオーディションを勧められた舞が、ここで≒JOYのメンバーとして観客の前に立ちます。
ステージデビュー後も≒JOYは楽曲やライブを重ね、2024年1月17日にデビュー・ミニアルバム『きっと、絶対、絶対』を発売してメジャーデビューしました。CDデビューは2024年ですが、舞が≒JOYとして活動を始めたのは2022年です。
メジャーデビューの時期に加入前を振り返った舞は、16歳でのオーディション、家族との話し合い、1人で上京したことを「きっと、青い」の物語と重ねていました。
兵庫を離れるときには、友人たちへ詳しく説明できなかった上京の理由。2022年7月3日、その答えは富士急のステージにありました。学校の体育で踊っていた少女は、≒JOYの一員として最初のステージに立ち、そこからアイドルとしての時間を重ねていきます。
































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