指原莉乃がプロデュースする≒JOYで活動する村山結香。ステージでは歌やダンスに加え、タップダンスを特技として披露してきました。
その村山がアイドルに憧れた原点は、福岡で過ごしていた小学生のころにあります。祖母の家の近くの夏祭りへ浴衣で出かけていた少女は、小学6年生で初めて目の前のアイドルを見ました。
小学6年生のとき、福岡の祭りで見たアイドルの姿が「自分もステージに立ちたい」という夢の入口になりました。
高校時代にはタップダンスを始め、2022年には≒JOYのオーディションに合格。福岡を離れて東京へ向かう日には、地元の友人たちが空港まで見送りに来ています。
ここからは、村山結香がどんな子ども時代を過ごし、家族や友人とどんな時間を重ね、≒JOYとして最初のステージへ立ったのかを時系列で追っていきます。
村山結香は福岡でどんな少女時代を過ごした?
村山の公式プロフィールに記されている出身地は福岡県です。出生地までは公表されていないため、「福岡県で生まれた」とまでは断定できませんが、本人の昔話には福岡での祭りや地元の友人との記憶が何度も登場します。
子どものころの話は、大きな出来事だけではありません。2026年6月、本人はサンリオとのコラボレーションを紹介する公式Xで、保育園時代に使っていたお気に入りのタオルについて振り返りました。
保育園ではウサハナのタオルがお気に入り
村山が保育園のころ気に入っていたのは、サンリオのキャラクター「ウサハナ」のタオルでした。20代になってからも具体的に思い出しているほど、幼いころの身近な持ち物として記憶に残っていたようです。
学校生活の小さな記憶としては、BOMBwebのQ&Aで好きだった給食を「唐揚げ」と答えています。幼少期の性格を一言で決めつけるより、こうした好みのほうが当時の日常を具体的に伝えてくれます。
祖母の家の近くでは毎年夏祭りへ
夏になると、祖母の家の近くで祭りが開かれていました。村山は祖母に浴衣を着せてもらい、毎年のように祭りへ出かけていたと振り返っています。
何着か選択肢があったのか、本人が毎年選んでいたのは同じ紺色の浴衣でした。祖母に着付けてもらう夏の時間と、繰り返し選ぶお気に入りの一着がセットになった記憶です。
この浴衣がいい!
出典:スカパー!「≒JOYが初出演の『六本木アイドルフェスティバル』で躍動」(2022年8月25日)
祭りというモチーフは、アイドルになった後の本人の投稿にも残っています。2025年秋には、公式Instagramでその年に行けた祭りの写真を公開しました。
小学6年生で初めてアイドルを見た
村山がアイドルという仕事を自分の夢として意識したのは、小学6年生のときです。本人によると、福岡の有名な祭りでアイドルを初めて見て、ステージ上で輝く姿に憧れを持ち始めました。
祭りの正式名称や、そのとき見たグループ名は本人の発言では明かされていません。ここで重要なのは、テレビの中ではなく、地元の祭りで実際のステージを目の前にしたことでした。
私もいつか、そのステージでアイドルをしたいな
出典:THE FIRST TIMES「≒JOY・村山、センターを務める『今日も君の夢を見たんだ』は、『背中を押してもらえる楽曲』」(2023年5月8日)
この時点で、本人はもともと芸能活動への興味も持っていました。小学6年生で見たステージは、その興味が「アイドルとして自分も立ちたい」という具体的な願いへ変わる場面になっています。
村山結香の家族構成は?父・母・兄とのエピソード
村山は公開インタビューの中で、父、母、兄の存在について言及しています。さらに、幼少期の夏祭りの思い出には祖母も登場します。ただし、ほかに兄弟姉妹がいないことまで公表されているわけではないため、「父・母・兄・本人の4人家族」とは断定できません。
BOMBwebで「無人島に3つ持っていくもの」を聞かれたとき、村山が挙げたのは道具や食料ではなく家族でした。
お母さん、お父さん、お兄ちゃん(笑)
出典:BOMBweb「#教えてキミのこと。ボムQ&A ≒JOY・村山結香ちゃん編」(2024年2月5日)
母が学生時代に作った紺色の浴衣を着ていた
祖母に着せてもらっていた紺色の浴衣には、後から知った家族の背景がありました。その浴衣は、母が学生だったころに学校の授業で自分で作ったものだったのです。
村山はその事実をある年に知り、それまで以上に浴衣を好きになったと話しています。母が学生時代に縫ったものを娘が子どものころ毎夏選び、祖母が着付けるという、三世代が一着の浴衣でつながる具体的な場面です。
母が学生時代に作った浴衣を、娘の結香が毎年「これがいい」と選び、祖母が着付けていました。
大人になってからも家族との時間は続いています。2026年2月には、家族で東京スカイツリーに上ったことを本人公式Instagramで公開しました。
アイドル活動で悩んだとき、最初に相談するのは家族
家族は昔の思い出に登場するだけではありません。≒JOYとして活動を始めた後、周囲の高いレベルを見て不安になることがあると村山は明かしています。
私はまず家族に相談します
出典:TV LIFE web「≒JOY、メジャーデビュー決定時の気持ちは“叶”」(2023年10月11日)
家族に話すと、近い存在だからこそ知っている本人の良さを率直に伝えてくれるそうです。その言葉を受けた後は、できない部分について自信を持てるまで練習を重ねるとも話しています。
帰省したときには、家族や友人と直接会い、話したかったことや何げない話をしているうちに時間を忘れるほどだったというエピソードもあります。上京後も福岡での人間関係は切れずに続いていました。
村山結香の学歴は?高校時代のタップダンスと学生生活
村山が通った小学校・中学校・高校の正式な学校名は、本人の公開プロフィールでは示されていません。学校名を推測で補うことはできませんが、小学6年生と高校2年生という具体的な時期について、本人自身が当時の出来事を語っています。
小学校時代では、前述した福岡の祭りでのアイドルとの出会いが大きな出来事です。もう一つ、BOMBwebでは好きだった給食を唐揚げと答えており、学校生活の日常に近い記憶も残っています。
高校2年生の冬からタップダンスを本格的に始める
現在の特技として知られるタップダンスを本格的に習い始めたのは、高校2年生の冬でした。周囲にタップダンスをしている人が多く、その環境から自分も興味を持ったと本人が説明しています。
私も興味本位で始めてみた
出典:THE FIRST TIMES「≒JOY・村山、センターを務める『今日も君の夢を見たんだ』は、『背中を押してもらえる楽曲』」(2023年5月8日)
始めた時期は高校生活の後半です。幼いころから何年も専門的に続けていた特技ではなく、高校2年生の冬という比較的遅い時期に本格的な練習を始めています。
そのタップダンスは、≒JOYのメンバーとして2022年3月29日に行われたお披露目会でも披露されました。高校時代に始めたものが、アイドルとして自分を紹介する場で見せる特技になっていたことになります。
大学・短期大学・専門学校への進学について、本人や≒JOY公式から具体的な進学先は示されていません。学校名や進路を推測して補うことはできません。
村山結香は元アイドル?「砥山ゆうか」名義との関係
村山結香については、≒JOY加入前の活動として「砥山ゆうか」という名前が挙げられることがあります。福岡の芸能プロダクション・アクティブハカタの公式サイトには、実際に「砥山ゆうか」がアイドルグループLYRAのメンバーとして出演した公演記録が残っています。
2020年2月15日には「LYRA LIVE Vol.24 Happy Valentine!! 〜砥山ゆうか Birthday〜」が開催され、出演者として「砥山 ゆうか」の名前が掲載されています。日付は、現在の村山結香の誕生日である2月15日と一致します。
さらに2021年12月19日の「LYRA LIVE Vol.42 〜卒業〜」にも「砥山ゆうか」が出演しています。アクティブハカタ側の資料から、少なくともこの名前の人物が福岡でLYRAとして活動し、2021年末に卒業公演へ出演したことまでは確認できます。
一方、現在の≒JOY公式プロフィールには「砥山ゆうか」という旧名義やLYRA在籍歴の記載はなく、両者のつながりも明示されていません。アクティブハカタの公演記録だけでは、「砥山ゆうか」が村山結香本人の旧名義だと断定する材料としては不足しています。
2020年のバースデー公演の日付が2月15日であることなど、現在の村山結香と一致する点はあります。ただし、それは同一人物であることを単独で証明する材料ではありません。「元アイドル」という情報は、≒JOY公式で確認できる経歴とは分けて考える必要があります。
2026年には、本人が現在の公式Instagramで福岡を「地元」と表現し、福岡でのイベント後に帰ってきた喜びを投稿しています。≒JOY以前から現在まで、福岡が本人にとって大切な場所であることは本人発信からも確認できます。
≒JOYオーディションへ進んだ理由
現在の公式経歴で大きく動くのは2021年秋から始まった「第3のグループ オーディション」です。最終審査は2022年1月30日に行われ、村山は合格者の一人となりました。
村山はもともと歌とダンスが好きでした。=LOVE、≠MEという先輩グループのパフォーマンスを見てレベルの高さを感じ、その中で切磋琢磨しながら成長したいと考えたことを、2022年3月のお披露目会で説明しています。
指原莉乃のもとで成長したいと思った
応募理由には、パフォーマンスだけでなくプロデューサーの存在もありました。村山は、指原莉乃がメンバーへ向き合うプロデュースを見て、自分もその環境に入りたいと思ったと話しています。
私もそんな指原さんにプロデュースしてもらいたい
出典:ORICON NEWS「指原莉乃プロデュースの新グループ『≒JOY』 アイドル目指したきっかけは『小学生の頃HKT48さんを見て』」(2022年3月29日)
小学6年生で初めて見たアイドルへの憧れから時間がたち、高校2年生ではタップダンスを始めました。その後、歌とダンスを続ける環境として選んだのが、指原プロデュースの新グループを決めるオーディションでした。
合格してもすぐには実感がわかなかった
合格は、本人にとってすぐ現実味を持てる出来事ではなかったようです。お披露目から数か月後のインタビューで、合格した瞬間を振り返った村山は、驚きが先に立っていたことを明かしています。
本当に受かったの?
出典:VANITYMIX「≒JOY VANITYMIX WEB LIMITED INTERVIEW」(公開日記載なし)
2022年3月29日、都内で行われたお披露目会でグループ名「≒JOY」が発表され、村山もメンバーとして紹介されました。ここから、オーディション合格者という段階から実際のグループ活動へ移っていきます。
お披露目直後には2泊3日の合宿もありました。当時はメンバー同士がまだ互いの性格を十分に知らず、年齢も住んでいた場所も違う状態でした。レッスンや共同生活を通じて、少しずつグループとして動く時間が増えていきました。
福岡から上京し、≒JOYとして初ステージへ
≒JOYへの加入は、村山にとって生活する場所が変わる出来事でもありました。本人は福岡から飛行機で上京したと振り返っています。
空港で最後まで見送ってくれた地元の友達
上京する最後の日、地元の友人たちは空港まで見送りに来ました。一緒に写真やチェキを撮った後も、友人たちは空港の展望台に残りました。
飛行機まではかなり距離があり、互いの姿が見えるか分からないほどでした。それでも、村山が乗った便が飛び立つ最後まで見送り、東京へ到着した村山のもとには「頑張ってね」というメッセージが届いていたといいます。
上京後、福岡を遠く感じて寂しくなることはありながら、帰れば友人たちは温かく迎えてくれました。村山は、地元の友人の支えも自分が頑張る力になっていると話しています。
東京での生活が始まる一方、ステージデビューへ向けたレッスンも本格化しました。初舞台として発表されたのは、=LOVE、≠MEと合同で行う「イコノイジョイ 2022」です。
1カ月半の練習で大舞台の立ち位置を覚えた
富士急ハイランド・コニファーフォレストのステージは広く、立ち位置の番号は30番ほどまであったと村山は振り返っています。初めて立つ規模の会場で、まず位置を覚えるだけでも精一杯でした。
準備期間は約1カ月半。メンバー同士でミーティングをし、パフォーマンスだけでなく「≒JOYらしさ」をどう作るかも考えました。お披露目直後の合宿以上に、この期間でメンバーとの距離が縮まったと村山は話しています。
初ステージ前日の2022年7月2日には、オリジナル・ファーストソング「≒JOY」のミュージックビデオが公開されました。翌7月3日の合同フェスを目前に、グループ名を冠した最初の楽曲が世に出ています。
2022年7月3日「イコノイジョイ 2022」でステージデビュー
2022年7月3日、村山は富士急ハイランド・コニファーフォレストで行われた「イコノイジョイ 2022」に出演しました。後年、本人自身がこの日を「初めてステージデビュー」をした日として振り返っています。
憧れて見ていた側から、今度は先輩グループと同じ大きな会場でパフォーマンスする側になりました。初舞台の後はライブや対バンイベントを重ね、その一年を振り返った言葉は、最初のステージから始まった新しい人間関係を示しています。
ファンの方たちと出会えた1年
出典:Qetic「≒JOY 全速力で走る人たちに届ける応援歌」(公開日記載なし)
本人の公式Instagramには、後になって当時の衣装を着た際に「イコノイジョイ2022」や≒JOYの初ステージを思い出したという投稿も残っています。
ステージデビューから約1年半後の2024年1月17日、≒JOYはデビュー・ミニアルバム「きっと、絶対、絶対」を発売しました。小学生のころ福岡の祭りで抱いた「いつかステージでアイドルを」という願いは、オーディション、上京、レッスンを経て、≒JOYでの活動へとつながりました。
祖母に浴衣を着せてもらって祭りへ出かけていたころから、高校2年生の冬に始めたタップダンス、空港で友人に見送られた上京の日まで。村山結香がアイドルになるまでの道には、福岡で過ごした時間の具体的な場面が残っています。
































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