福山梨乃は昔どんな子だった?上智大学の学歴や帰国子女時代、アイドルになるまで

ひと目でわかるプロフィール
福山梨乃
ふくやまりの
小学5年で渡米し、中学からオーディションを受け続けた上智大学卒のCANDY TUNEメンバー
生年月日
1997年12月24日
身長
155cm
出身地
東京都
所属・活動形態
CANDY TUNE
活動時代
平成アイドル
アイドル活動開始
2017年
活動開始時年齢
19歳
アイドルになったきっかけ
オーディション

CANDY TUNEの福山梨乃は、上智大学外国語学部英語学科を卒業し、英語を生かした企画でも存在感を見せるアイドルです。けれど、小学生のころから英語が得意だったわけではありません。

小学5年でアメリカへ渡った当初は、先生や同級生が何を話しているのかほとんど分からず、友達もできない日々を経験しました。その時期に日本のアイドルの歌やダンスを見ていたことが、のちの進路につながっていきます。

英語が分からなかったアメリカでの2年間と、中学から続いた長いオーディション生活が、福山梨乃がアイドルになるまでの大きな軸です。

幼いころの思い出を振り返った本人のInstagramには、当時集めていた「オシャレ魔女 ラブ and ベリー」のカードや、ファッションデザイナーになりたかったという将来の夢も残されています。アイドルだけを一直線に見ていた少女時代ではなく、好きなものをいくつも持ちながら育っていました。

福山梨乃は昔どんな子だった?6歳からダンスを始めた幼少期

福山梨乃は1997年12月24日、東京都生まれ。本人はアキシブproject時代の公式ブログで「東京生まれ、ほぼ東京育ち」と自己紹介しています。

幼稚園では筆算や国旗を覚えることが好きだった

幼稚園のころから、何かを覚えること自体を楽しんでいました。後年の受験インタビューでは、幼稚園時代に筆算をしたり、国名と国旗をすべて覚えたりしていたと振り返っています。

ただし、受験期までずっと机に張りつくタイプだったわけではありません。本人によると、家族からは家で勉強している姿を見たことがないと言われ、自分でも自室の机で勉強した記憶はほとんどないそうです。塾の自習室など、集中できる場所を使っていました。

自分に合う時間や場所を使うという勉強の仕方は、高校3年の受験期にも続きました。幼いころからの「覚えるのが楽しい」という感覚と、決まった型に縛られない学び方が同居していました。

6歳から始めたダンス

もう一つ、幼いころから長く続いたのがダンスです。福山は6歳からダンスを習い始めました。のちにアイドル活動を始めてからは、自分で振り付けを担当するほどになっています。

6歳からダンス習ってた〜

出典:福山梨乃オフィシャルブログ「初ブログ!」(2018年9月13日)

同じブログでは、アイドルの振り付けを見ることが好きで、それまでに約20曲の振り付けを担当した経験も明かしていました。子どものころに始めた習い事は、やがてステージに立つための技術へ変わっていきます。

小学5年でアメリカへ!英語が分からなかった少女時代

小学5年になるころ、福山は家族の仕事の都合でアメリカ・ニュージャージー州へ移りました。滞在したのは小学5〜6年にあたる約2年間です。

渡米前に英会話を習った期間は数カ月ほど。現地へ着いた時点では、日常会話を自由にこなせる状態ではありませんでした。

父親の勧めでニュージャージーの現地校へ

進学先は日本人学校ではなく現地校でした。本人はNHK出版のインタビューで、父親が現地校を強く勧めたことを振り返っています。

教室では先生の説明も、周囲の子どもたちの会話もほとんど理解できませんでした。同じ学年に日本にルーツを持つ子がいて助けてもらうことはあったものの、自分の言葉で輪に入れない時間が続きました。

それでも数カ月が過ぎると、店員が話している英語を少しずつ聞き取れるようになります。帰国するころには、自分の意見を英語で説明できるところまで変化していました。

AKB48や安室奈美恵に励まされた毎日

学校生活が苦しかった時期、福山が日本から受け取っていたものの一つが音楽でした。インタビューでは、友達ができず寂しかったころにAKB48の歌やダンスを見て励まされたと話しています。

アキシブproject時代の公式ブログには、10歳ごろ、アメリカの家にあったDVDから安室奈美恵を好きになったという思い出も残されています。学校へ行くのがつらかった時期に何度も映像を見ていたそうです。

言葉が通じず孤独を感じていた場所で、日本の歌手やアイドルのステージが毎日の楽しみになっていました。

「誰かを元気にしたい」とアイドルを目指す

AKB48を見て元気をもらった経験は、ただの「好き」で終わりませんでした。自分も踊ることが好きだった福山は、今度は自分がステージに立つ側になりたいと考えるようになります。

自分も誰かを元気にできるアイドルになりたい

出典:UniFes「Go to School News 2025.8.1 vol.2」(2025年8月1日)

この思いを持って帰国したあと、福山は中学生ごろからアイドルオーディションを受け始めます。実際にステージへ立つまでには、そこから何年もの時間が必要でした。

福山梨乃の家族構成は?父親・母親とのエピソード

福山梨乃の家族構成
アメリカ移住時に現地校への進学を勧めた
本人公式Instagramにドライブのエピソードあり
本人
福山梨乃

福山梨乃の家族について、本人の発信から具体的に分かっているのは父親と母親です。一般人である両親の氏名や職業は公表されていません。

父親は、小学生だった福山がアメリカで現地校へ通うことを後押しした人物でした。一方、福山がアイドルを目指すことについては、最初から賛成していたわけではありません。

父親には知らせずアイドル活動を始めていた

2015年12月、受験を終えた福山は新宿BLAZEでPASSPO☆のライブを初めて見ました。もともとは別の出演者を見る目的でしたが、翌日からPASSPO☆の曲を聴き続けるほど夢中になります。

本人のブログによると、父親は当時アイドルを好まず、福山の夢にも反対していました。しかしPASSPO☆の曲だけは家で流しても何も言わず、メンバーの名前まで覚えようとしていたそうです。

パパにはなにも言わずにアイドル始めちゃったけど

出典:福山梨乃オフィシャルブログ「PASSPO☆さん」(2018年9月21日)

その後、父親は本人に知らせず「アイドル横丁」へ足を運び、アキシブprojectの広告トラックまで探していました。娘がアイドルとして活動を始めたあと、応援の仕方が変わっていった様子が本人の言葉から見えます。

母親とのドライブや日常

母親は、本人のInstagramに日常の一場面として登場しています。2023年9月には、福山が車を運転して母親とアウトレットへ出かけた日の投稿がありました。

道中でひまわり畑の看板を見つけ、帰りに寄ってみたら花がすべて下を向いていたという小さな出来事まで記されています。大きな芸能エピソードとは別に、母親と出かける普段の時間が見える投稿です。

福山梨乃の学歴は?高校から上智大学外国語学部英語学科まで

福山梨乃の学歴
小学校
アメリカ・ニュージャージー州の現地校(小学5〜6年)
家族の仕事の都合で約2年間アメリカに在住
中学校
学校名非公表
帰国後、日本で受験英語も学び始めた
高校
学校名非公表
理系を選択し、物理を好んでいた
大学
上智大学 外国語学部 英語学科
公募制推薦で合格し、2020年3月卒業

福山梨乃は上智大学外国語学部英語学科を卒業しています。小学校・中学校・高校の具体的な学校名は公表されていませんが、本人インタビューから学生時代の過ごし方はかなり詳しく分かっています。

小学5〜6年はアメリカ・ニュージャージー州の現地校で過ごしています。帰国後に通った中学校と高校の具体的な校名は公表されていません。

帰国後は英語のテストで約50点だった

アメリカから帰った福山は、自分では英語を話せるつもりでした。ところが日本の学校で英語のテストを受けると、100点満点で50点ほど。会話ができることと、文法や試験問題を解けることは別でした。

そこで単語帳やノートを使って語彙を覚え、日本の試験で求められる英語も学び始めます。放課後には帰国子女の友人とALTの先生のところへ行き、英語で話す時間も作っていました。

高校3年のころにはTOEICやTOEFLでも良い結果が出るようになりました。アメリカで身につけた会話の感覚に、帰国後の受験英語が加わっていきます。

高校は理系で物理が好きだった

高校時代の福山は理系を選択し、特に物理が好きでした。大学も理系へ進むつもりでいましたが、高校3年の春に進路を確認した際、数学IIIを履修していないため受験できる理系学部が限られることに気づきます。

先生から、数学を使って受験できる文系大学もあると教えられ、進路の選択肢を広げました。そのなかで見つけたのが、アメリカ生活で得た英語も生かせる上智大学外国語学部英語学科でした。

英語の授業の時に数学の宿題をすると、どちらもよく頭に入ってくる

出典:CANDY TUNE公式「AERA with Kids+」(福山梨乃)(2025年9月27日)

文系か理系かを一つに決めて考えるより、科目を行き来しながら勉強するほうが合っていたことを、後年のインタビューでも話しています。

上智大学を選び公募制推薦で合格

上智大学を初めて受験先として意識したとき、過去問の英語は想像以上に難しく感じたそうです。福山は英語を重点的に勉強し、公募制推薦に挑戦しました。

推薦で必ず合格できるわけではないため、国語と数学の勉強も並行していました。公募制推薦で合格し、上智大学外国語学部英語学科へ進みます。

大学生活とアイドル活動を両立

大学在学中の2017年、福山は初めてアイドルグループのメンバーとしてステージに立ちます。翌2018年にはアキシブprojectへ加入したため、大学後半は授業や課題とライブ活動が重なる生活になりました。

2020年2月、大学最後のレポートを提出した際には、教室で撮った写真をInstagramへ投稿しました。本人は「学生ラストのレポート」と記しており、4年間の学生生活が終わる直前の一枚です。

同年3月に卒業。外国語学部英語学科は課題が多く大変だったこと、友人に支えられたこと、大学へ通わせてくれた親への感謝を本人が綴っています。

卒業後は就職せず、アイドル活動一本で進む道を選びました。上智大学へ進んだこととアイドルを目指したことは、どちらか一方を捨てて選んだ進路ではなく、大学生として活動しながら両方を続けた時期がありました。

中学からオーディションを受け続けた福山梨乃

アメリカでアイドルに励まされた福山は、帰国後すぐに希望のグループへ入れたわけではありません。2026年のテレビ出演では、中学生くらいのころから48グループや46グループなどのオーディションを受け続けていたと明かしています。

48・46グループへ何度も挑戦

UniFesのインタビューでは、中学からの7年間を「オーディションを受け続けるだけ」の時期だったと振り返っています。応募して審査を受けても、そのまま加入につながらない時間が長く続きました。

一方でダンスは続け、高校受験や大学進学も進めています。アイドル志望だけに生活を一本化するのではなく、学校へ通いながらオーディションへ向かう日々でした。

欅坂46では最終選考まで進出

そのなかで最終選考まで進んだのが、欅坂46の1期生オーディションです。福山本人が2026年4月、CANDY TUNEとして出演したフジテレビ系「ぽかぽか」で初めて詳しく明かしました。

欅坂46さんのオーディションも最終選考まで残って

出典:日刊スポーツ「CANDY TUNEメンバー、坂道グループの最終審査残った過去告白 当時隣にいたのは…」(2026年4月16日)

最終選考まで残っても、福山は欅坂46のメンバーにはなりませんでした。アイドルを目指し始めてから、すでに数年が経っていた時期です。

原田葵と最後の審査で隣の席に

最終審査の日、福山の隣に座っていたのが原田葵でした。原田は欅坂46の1期生として合格し、その後グループを卒業してフジテレビのアナウンサーになります。

「ぽかぽか」で約11年後に顔を合わせた際、原田も年少組で一緒に過ごし、お菓子を食べながら話していた記憶を口にしました。福山は原田の活躍を見ながら、いつか仕事で一緒になりたいと思っていたと話しています。

「芹山梨乃」として初ステージへ!Anchor Lady時代

長く続いたオーディション生活のあと、福山が最初にアイドルとしてステージへ立ったのは2017年です。当時は「芹山梨乃」の名義で、5人組グループAnchor Ladyに参加しました。

Anchor Lady時代は「芹山梨乃」の名義で活動していました。WEBザテレビジョンに残る当時のプロフィールにも、1997年12月24日生まれ・東京都出身と記録されています。

2017年7月27日にアイドルとしてお披露目

2017年7月27日、東京・AKIBAカルチャーズ劇場で「デビュー直前アイドル4組新人公演~真夏のシンデレラたち~2017」が開催されました。Anchor Ladyはこの公演で初ステージを迎え、芹山梨乃もメンバーとして出演しています。

福山は当時19歳で、上智大学に通っている時期でした。小学生で抱いたアイドルへの憧れから数えると、すぐに届いたステージではありません。

約半年後にAnchor Ladyの活動を終了

Anchor Ladyでの活動は2018年1月まで。短い在籍期間を終えたあとも、福山はアイドルを続ける道を探しました。

その春、次に挑んだのがアキシブprojectの新メンバーオーディションです。応募者は約1200人。21人まで絞られた候補者が、最終の2泊3日合宿へ進みました。

アキシブprojectのオーディションへ再挑戦

2018年のアキシブproject新メンバーオーディションは、約3カ月にわたって行われました。福山にとっては、すでに一度アイドルとして活動したあとに受ける新しい審査でした。

緊張で食事も喉を通らなかった合宿

最終合宿から約11カ月後、後輩候補生へ向けた公式ブログで、福山は自分が審査を受けていた日のことを書いています。細かな出来事よりも、強く残っていたのは緊張した感覚でした。

食べ物が喉を通らないほど緊張してたのだけはほんとに覚えてる!

出典:福山梨乃オフィシャルブログ「アキシブ新メンバー候補生のみんなへ!」(公開日記載なし)

審査の最後には成果発表があり、2018年6月10日に福山を含む4人の合格が発表されました。約1200人から始まったオーディションを経て、新メンバーの一人になります。

2018年7月1日に新メンバーとしてお披露目

合格から約3週間後の2018年7月1日、神奈川・由比ヶ浜でアキシブprojectの新体制がお披露目されました。ここからは現在と同じ「福山梨乃」の名義で活動しています。

本人の最初の公式ブログにも「2018/7/1から加入」と残っています。大学在学中で、授業と課題をこなしながらライブやレッスンへ向かう生活が始まりました。

2019年2月の本人Instagramには、ステージで踊る姿とともに、踊っている時間がやはり楽しいという言葉が残っています。6歳から続けてきたダンスが、その時には仕事としてステージ上にありました。

「Hola! Hola! Summer」でメジャーデビュー

アキシブprojectは2018年8月15日、キングレコードからシングル「Hola! Hola! Summer」を発売しました。福山にとって、加入から約1カ月半で迎えたメジャーCDデビューです。

ただ、福山のアイドルとしての出発点はこのCD発売日ではありません。2017年にAnchor Ladyで初ステージを踏み、その前には中学から続いたオーディションの日々がありました。

福山梨乃がアイドルになるまで
1997年12月24日
東京都に生まれる
6歳ごろ
ダンスを習い始める
小学5〜6年
アメリカ・ニュージャージー州で生活
現地校へ通い、日本のアイドルに励まされた経験からアイドルを志すようになる
中学以降
アイドルオーディションへの挑戦を続ける
48グループや46グループなど複数のオーディションを受ける
2015年
欅坂46のオーディションで最終選考まで進む
最終審査では原田葵と隣の席だった
2017年7月27日
Anchor Ladyの芹山梨乃として初ステージ
AKIBAカルチャーズ劇場のお披露目公演に出演
2018年6月10日
アキシブproject新メンバーオーディションに合格
応募総数約1200人のオーディションを経て4人の合格者に選ばれる
2018年7月1日
アキシブproject新メンバーとしてお披露目
2018年8月15日
「Hola! Hola! Summer」でメジャーCDデビュー

アキシブprojectでは2022年まで活動し、その後CANDY TUNEへ。CANDY TUNEは2023年3月14日に7人でデビューしました。

2025年の生誕祭では、CANDY TUNEのメンバーとしてSpotify O-EASTのステージに立つ福山の姿が公式映像に残っています。2017年にAnchor Ladyで初めてアイドルとして舞台へ立ってから、活動するグループは変わってきました。

ニュージャージーの教室で日本のアイドルを見ていた小学生は、長いオーディション生活を経て、自分が観客の前で歌い踊る側になりました。2023年3月からはCANDY TUNEのメンバーとして、そのステージを続けています。

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