櫻坂46の二期生としてステージに立つ森田ひかる。現在の公式プロフィールでは福岡県出身と紹介され、現在も櫻坂46のメンバーとして活動しています。
けれど、アイドルになる前の毎日はかなり違いました。学校へ通い、その後はレジのアルバイトへ。休日には10時間以上働くこともあり、同じことを繰り返す生活に変化を求めていた高校生でした。
その少し前までさかのぼると、動物に夢中だった幼少期、漫画やアニメにのめり込んだ小中学生時代、4姉妹の末っ子として過ごした家庭での小さな出来事が見えてきます。
森田ひかるの原点をたどると、福岡で過ごした少女時代から、16歳で坂道合同オーディションへ応募し、17歳で日本武道館に立つまでが一本につながります。
どんな子どもだったのか。家族や学校ではどう過ごし、なぜアイドルを目指したのか。昔の本人の言葉と具体的な場面をたどっていきます。
森田ひかるは福岡県出身!幼少期は動物や漫画が好きな少女
森田ひかるの公式プロフィールに記載されている出身地は福岡県です。市町村までの出生地や実家の具体的な場所は公表されていませんが、本人は後年のインタビューやブログで、地元にいたころの通学や子ども時代を何度も振り返っています。
5〜6歳の夢はゾウ、やがて飼育員へ
幼いころの森田は動物が大好きでした。動物園でゾウを見て「かっこいい」と感じ、5〜6歳ごろには自分もゾウになりたいと思っていたそうです。
「5〜6歳の頃になりたかったのは、大好きなゾウさん(笑)。」
出典:arweb「森田ひかる『憧れだけではアイドルになれない』ステージに立って気づいた“夢の叶え方”」(2021年10月17日)
小学校低学年になると「ゾウにはなれない」と気づき、次は大好きな動物に触れられる飼育員に憧れました。2026年には田村保乃と長崎バイオパークで1日飼育員を体験する公式動画も公開されています。
本屋、漫画家、声優へ変わっていった将来の夢
小学校4〜5年生ごろには本屋で働くことにも憧れました。母親と本屋へ行くうちに、店員や店内の落ち着いた空気が好きになったことが理由でした。
その後は漫画家を目指すようになります。少年漫画が好きで、『FAIRY TAIL』に夢中になり、落書き帳を買ってもらうと1日1ページを絵で埋めることを自分の課題にしました。漫画のストーリーやコマ割り、トーン貼りまで試していたそうです。
漫画を読む以前から物語のある作品には親しんでいました。幼いころは『アンパンマン』や『きかんしゃトーマス』、『おさるのジョージ』などを見て育ち、そこから姉の漫画、少年漫画、アニメへと興味の範囲が少しずつ広がっています。
漫画家の次に出てきた夢は声優でした。中学生になるとアニメへの興味がさらに強くなり、小倉唯に憧れた時期もあります。動物、本、漫画、アニメと、好きなものがその時々の将来像に直結していました。
木登りや登り棒が得意だった子ども時代
家の外では木登りもしていました。2019年の公式ブログでは、木登りが得意で、遊具の登り棒を上ることも特技だったと振り返っています。
「木登りは得意です〜」
出典:欅坂46公式ブログ「ヤングマガジンさん 🌳」(2019年7月23日)
夏休みの工作には毎年貯金箱を作っていました。宿題全体は後回しにしがちだった一方、「1行日記」だけは好きで、その日の天気や遊んだことを毎日書くのを楽しみにしていたそうです。
夏祭りでは屋台にわくわくし、イカ焼きや焼き鳥、フルーツ飴が好物でした。ベビーカステラを買うと一つおまけしてもらえることも楽しみにしていたと振り返っています。後の中学生時代に続く日記の習慣より前から、「その日のことを書き残す」宿題は好きでした。
虫にも比較的強く、子どものころから触ることができた一方、カマキリやハチのように攻撃してくる虫は苦手でした。地元について本人が「田舎」と表現し、ヘビを見かけることもあったと公式ブログに残しています。
学校から帰る道で大きなこいのぼりを見つけると、気分が上がったことも覚えていました。大人になってから書いた「こどもの日」のブログに残したのは、豪華な旅行のような出来事ではなく、通学路で見上げた家々のこいのぼりです。
動物や漫画だけでなく、木登り、工作、夏の日記や祭りの食べ物まで、森田の子ども時代については具体的な記憶が数多く残っています。
森田ひかるの家族構成は?4姉妹の末っ子として育った日々
家族の記憶として本人が話しているのが、母親と姉たちが雪だるまを作っていた日のことです。外へ誘われても、寒いし興味がないという理由で参加しませんでした。
母親と姉たちが雪だるまを作っていた日の話
「私、4姉妹の末っ子なんですけど」
出典:週プレNEWS「欅坂46加入後、人見知りの森田ひかるに訪れた変化とは?」(2019年8月4日)
雪だるまを作る母親と3人の姉から「ひかるも来て」と呼ばれても、森田は家の中に残りました。母親からは、もう少し子どもらしくするよう言われたといいます。
本人は自分について、関心があるものと好き嫌いがはっきりしていたと説明しています。地元で通学していたころには、特定の歩道橋を渡るときに聴く曲まで決めていたそうです。
姉の漫画が『FAIRY TAIL』との出会いに
姉は、森田が漫画好きになる入口にも登場します。小学生のころ、姉が持っていた『FAIRY TAIL』を借りて読んだことをきっかけに、一気に作品へ引き込まれました。
後年のインタビューでは、最初に読んだときに一気に6巻まで進み、その後も何度も読み返したと話しています。漫画家を夢見るようになった背景には、家にあった姉の漫画という身近な入口がありました。
母親に結んでもらった髪から、姉や友人のヘアアレンジへ
小学生のころは髪が腰ほどまで長く、髪を下ろしてリボンのバレッタを付けたり、母親にハーフアップにしてもらったりしていました。中学生になるとサイドポニーを好むようになります。
中学生のクリスマスには、美容学校で使うようなヘアマネキンを買ってもらいました。そのマネキンでさまざまな髪型を練習し、運動会や結婚式などに合わせて3人の姉や友人の髪を実際にアレンジしていたそうです。
一時期はヘアアレンジに関わる仕事も考えていました。漫画家や声優だけでなく、中学生のころには美容や髪に関わる仕事も将来の選択肢に入っていました。
一般人である家族の氏名や職業は公表されていません。家族については、母親や3人の姉との本人自身の思い出から、家庭での様子をたどることができます。
森田ひかるの学歴は?中学・高校の学生時代
学校では、大勢の輪の中心にいるタイプではありませんでした。本人は、教室の端で一人の友達と話すことが多く、授業で分からないことがあっても周囲へ聞けず、ノートに落書きを始めることもあったと振り返っています。
小学校・中学校・高校の具体的な学校名は公表されていません。高校在学と2020年春の卒業は本人の公式ブログで確認できます。
中学生で乃木坂46に夢中になり、日記も書き始めた
中学2年生ごろ、学校では乃木坂46の「太陽ノック」などが流行っていました。深川麻衣をきっかけに乃木坂46へ夢中になり、推しメンは西野七瀬。のちに自分が受ける坂道合同オーディションへつながる入口です。
同じころから、スマートフォンのメモに日記を書く習慣も始まりました。2026年のインタビューでは、オーディション期間やグループ加入時の記録も残していると話しています。
「中学生ぐらいから、スマホのメモにほぼ毎日書いていました」
出典:arweb「櫻坂46・森田ひかる『中学生ぐらいからスマホのメモにほぼ毎日書いていました』るんちゃんの秘密の日記生活を大公開♡」(2026年4月26日)
日記にはライブで見えた景色や忘れたくない出来事だけでなく、反省点まで書くようになりました。人前で多くを話すタイプではなかった学生時代から、自分の中に言葉を残す習慣は続いています。
勉強については、計画的に何週間も前から進めるタイプではなかったようです。欅坂46加入後のブログでテスト期間の勉強法を聞かれると、前日から始めることが多く、少し仮眠するつもりがそのまま朝になった経験も何度もあったと答えています。
学生時代には軽音部へ入り、ドラムを始めた
音楽は聴くだけではありませんでした。バンドではサカナクションが好きで、ドラマーのSNSに「ドラムを始めてみたい」と送ったところ返信をもらい、その言葉に背中を押されて軽音部へ入りました。
部活ではサカナクションをよくコピーし、欅坂46の「二人セゾン」や「手を繋いで帰ろうか」もドラムで演奏していました。欅坂46のメンバーになる前から、好きだったグループの曲を自分の手で叩いていたことになります。
高校時代は学校とレジのアルバイトを往復
2019年2月の公式ブログで、森田は福岡県出身の高校2年生と自己紹介しています。オーディションを受ける前は学校へ通い、その後はレジのアルバイトへ向かう生活を送っていました。
学校が休みの日には10時間以上レジに立つこともあり、ときには客からクレームを受けることもありました。変化の少ない毎日を続ける中で、今のままでいいのかという気持ちが強くなっていきます。
「同じことを毎日するのがイヤで。」
出典:Billboard JAPAN「<井上梨名&森田ひかる>欅坂46二期生が語る、一期生の背中を追う決意」(2019年2月27日)
2020年3月には公式ブログで高校卒業を報告しました。セーラー服での撮影について書きながら、「高校卒業という瞬間」を写真に残せた喜びを記しています。
森田ひかるがアイドルを目指したきっかけ
中学生のころから坂道グループが好きだった森田に、2018年の坂道合同オーディションが届きます。最初に見たCMに出演していたのは、推していた西野七瀬でした。
西野七瀬が出演した坂道合同オーディションCM
CMには「この夏で、あなたの人生が変わります。」というキャッチコピーがありました。学校とアルバイトの繰り返しに変化を求めていた16歳の森田は、その言葉に惹かれて応募します。
アイドルになることを幼いころから一本の目標にしていたわけではありません。ゾウ、飼育員、本屋、漫画家、声優と夢が変わり、中学では坂道グループを好きになっていきました。
さらに、℃-uteの鈴木愛理がステージに立つ姿を見たとき、自分も「あの景色を見てみたい」と感じたことを後年のインタビューで明かしています。好きなアイドルを見る側だった気持ちに、ステージへ立つ側への興味が加わりました。
そこへ届いたのが坂道合同オーディションのCMでした。日常を変えたいという高校生活の感覚と、坂道への憧れ、ステージへの興味が重なったところで、初めて応募という具体的な行動に移ります。
応募時は16歳。2001年7月10日生まれのため、2018年夏の最終審査時には17歳になっていました。
森田ひかるの初期は?坂道合同オーディションから欅坂46加入まで
応募した2018年、坂道合同オーディションには12万9182人が参加しました。森田はその中から合格し、のちに欅坂46二期生として発表される9人の一人になります。
2018年8月19日の最終審査ではBuono!の楽曲を歌った
本人の公式ブログによると、最終オーディションは2018年8月19日。審査ではBuono!の楽曲を歌い、マイクの音質の良さに驚いたことまで覚えていました。
「最終オーディションはBuono!さんを歌ったんですよ〜」
出典:欅坂46公式ブログ「仙台でまりなちゃんがこけちゃったよ」(2019年8月21日)
合格後すぐに欅坂46として表に出たわけではありません。本人は後年、夏にオーディションへ合格し、冬になって欅坂46へ配属されたと振り返っています。
配属先が欅坂46だと聞いたときは意外だったそうです。周囲からは乃木坂46やけやき坂46にいそうな顔立ちだと言われ、欅坂46には背の高いメンバーが多かったため、自分が配属されるとは思っていませんでした。
喜びと同時に、結成から3年以上活動してきた一期生やファンに受け入れてもらえるのかという心配もありました。加入発表は、オーディション合格の終点ではなく、欅坂46の一員として過ごす最初の不安を抱えた時期でもありました。
12月5日、17歳の高校2年生として欅坂46二期生に
2018年12月5日、欅坂46公式Xで森田ひかるの加入が紹介されました。当時は17歳、高校2年生、福岡県出身。森田ひかるという名前と欅坂46二期生としての所属が公になった日です。
配属が決まったころは、福岡から通いながらホテルに泊まる時期もありました。二期生の井上梨名とは、そのホテル生活のころに一緒に夜ご飯を食べに行ったことがきっかけで打ち解けたと、加入直後のインタビューで話しています。
地元での学校生活から、東京で新しいメンバーと過ごす時間へ。合格しただけで生活が一度に完成したのではなく、移動と宿泊を挟みながら欅坂46の活動へ入っていく時期がありました。
発表からわずか5日後には、初めての大きなステージが待っていました。欅坂46二期生9人と、けやき坂46三期生の上村ひなのによる「お見立て会」です。
17歳の日本武道館で和太鼓を披露
2018年12月10日、会場は日本武道館。森田は自己PRで和太鼓を披露しました。和太鼓はまったくの初体験ではなく、小学校の授業で少しだけ触れたことがありました。
お見立て会のチケットは発売から約30分で完売し、日本武道館には約1万人が集まりました。森田たちは自己PRのあと、欅坂46の「サイレントマジョリティー」「誰よりも高く跳べ!」「W-KEYAKIZAKAの詩」の3曲を披露しています。
イベント後には握手会も行われ、約2000人が参加しました。オーディションを受けるまでレジで接客していた高校生が、今度は自分の名前でファンと向き合う側に立った最初の日でもあります。
初イベントが日本武道館という規模に、本人も強く緊張していました。会場の広さは、加入後最初の公式ブログでも記憶として残されています。
「会場はとっても広くて…凄く緊張しました。」
出典:欅坂46公式ブログ(2019年2月11日)
ライブ中の記憶として本人がはっきり覚えていたのは、客席を埋めた欅坂46の緑色のペンライトでした。「W-KEYAKIZAKAの詩」終盤では、緑の客席の中を白い照明が跳ねるように動く景色が印象に残ったと語っています。
握手会では、自己PRで披露した和太鼓を褒める声も直接受け取りました。小学校の授業で少し触れただけだった和太鼓は、17歳で初めてファンと対面した日に、自分を覚えてもらう一つのきっかけになりました。
お見立て会のあと、森田は欅坂46二期生としてレッスンやライブへ加わっていきます。2019年には高校生活を続けながら活動し、2020年に高校を卒業しました。
欅坂46は2020年10月に櫻坂46へ改名。同年12月9日の1stシングル「Nobody’s fault」で森田は表題曲センターを務めます。福岡で学校とレジのアルバイトを往復していた高校生は、オーディション応募から約2年半後、新しいグループの最初のシングルを中央で迎えました。
































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