≒JOYで活動する市原愛弓は、落ち着いた雰囲気と力のある歌声を持つメンバーです。しかし、彼女が初めてアイドルとして活動したのは、≒JOYが結成された2022年よりも前でした。
10代前半には「市岡愛弓」の名でSTU48に所属。いったんグループを卒業して高校生活を送り、卒業後の進路を考える時期に、もう一度アイドルのオーディションへ向かっています。
市原愛弓は13歳でSTU48のアイドルになり、15歳で卒業したあと、高校3年生で≒JOYへ挑戦しました。
その出発点にあったのは、福岡で過ごしていた小学生時代に見たHKT48です。アイドルに憧れた少女時代から、STU48での活動、卒業、高校時代、そして再びステージへ立つまでを時系列で追っていきます。
市原愛弓の生い立ちは?福岡でHKT48に憧れた少女時代
市原愛弓は2003年8月21日生まれ。≒JOY公式プロフィールでは福岡県出身と公表されています。出生地そのものは明らかにされていないため、「福岡県で生まれた」とまでは断定できません。
本人が後年振り返ったアイドルへの原点には、福岡を拠点に活動していたHKT48の存在があります。小学生だった市原愛弓は、ステージで輝くアイドルを見て、自分も同じ世界に立ちたいと思うようになりました。
小学生時代は「おとなしい子」だった
現在は多くの観客を前にパフォーマンスしていますが、小学生時代の本人は自分を「おとなしい子」だったと話しています。最初から人前に出ることが得意な少女だったわけではありません。
そんな市原愛弓が惹かれたのがHKT48でした。ステージや画面の中で輝くメンバーを見ていると元気をもらえ、自分も誰かに元気を与える側になりたいという気持ちが芽生えていきます。
とてもキラキラしてかわいいと思ったことがきっかけでアイドルになりたいと思いました。
出典:ORICON NEWS「指原莉乃プロデュースの新グループ『≒JOY』 アイドル目指したきっかけは『小学生の頃HKT48さんを見て』」(2022年3月29日)
アイドルを見て元気をもらっていた小学生が、「自分も元気を与える存在になりたい」と考え始めたことが最初の一歩でした。
特に憧れていたのは指原莉乃
HKT48の中でも、特に憧れていたのが指原莉乃でした。後に指原がプロデュースする≒JOYへ入ることになりますが、市原愛弓と指原の接点はオーディションから突然始まったものではありません。
中学生になると、指原の著書『逆転力 ~ピンチを待て~』も読みました。本人は2023年のインタビューで、この本が「人生の教科書」になったと話しています。
本の中で語られていた、周囲と自分を必要以上に比べない考え方にも影響を受けました。アイドルの衣装やステージだけでなく、憧れた人がどのように仕事や人生と向き合っているかにも関心を持っていた時期です。
市原愛弓の家族構成は?母親と家庭でのエピソード
市原愛弓の家族全体の人数や、父親・兄弟姉妹について詳しい構成は公表されていません。一方で、STU48時代には母親が活動を見守っていたことが分かる具体的な記録があります。
母親が見ていた夜遅くまでのダンス練習
2018年8月、NMB48劇場で行われたSTU48の出張公演では、市岡愛弓の15歳の生誕祭が開かれました。そこで母親から届いた手紙を、メンバーの田中皓子が代読しています。
母親の手紙によれば、STU48に入る前の愛弓にはダンス経験がありませんでした。それでも加入後は、夜遅くまでiPadを見ながら練習を続け、踊れるようになっていったといいます。
手紙には、家族がこれからも活動を支えていくこと、つらいときには弱音を吐いていいことも記されていました。13歳で芸能活動を始めた娘を、家庭では母親が近くで見守っていました。
15歳は、おばあちゃんになっても、楽しかったなぁって思えるような1年にしたいです。
出典:ウォーカープラス「『ポッター平井の激推しアイドル!番外編』STU48出張公演@NMB48劇場レポート」(2018年9月3日)
生誕祭では、長い時間を一緒に過ごすSTU48メンバーへの感謝も語っています。家族に支えられながら、グループの仲間との時間も日常の大きな部分を占めるようになっていました。
福岡から東京へ連れてきたセキセイインコ「きぃちゃん」
家庭での小さなエピソードとして本人が話しているのが、セキセイインコの「きぃちゃん」です。つらいときにもそばにいて肩に乗ってくれる存在で、市原愛弓はファンとともに自分の原動力として挙げています。
きぃちゃんは東京で新しく飼い始めたのではありません。本人は福岡から新幹線で東京まで連れてきたと話しており、長時間の移動中には、きぃちゃんが怒ったように鳴き続けていたそうです。
「飼ったからには責任を持って育てたい」という本人の言葉もあり、アイドル活動とは別の、家で過ごすときの姿が見えるエピソードです。
市原愛弓の学歴は?中学校・高校時代と進路
市原愛弓が通った小学校・中学校・高校の正式な学校名は公表されていません。確認できるのは、2019年春に中学校を卒業したことと、高校3年生の時期に≒JOYへつながるオーディションを受けたことです。
2019年春に中学校を卒業
2019年3月発売の『graduation2019 中学卒業』には、市岡愛弓がSTU48メンバーとして掲載されました。STU48公式サイトでも掲載が告知され、学校生活の思い出や当時の目標について語ったインタビューが収録されたことが案内されています。
中学生だった時期は、そのままSTU48で活動していた時期とも重なります。学校へ通いながら、レッスン、公演、イベント、撮影などの活動を続けていました。
最初のレッスンに学校の上履きを持ってきた
中学生らしい小さなエピソードも残っています。STU48メンバーの薮下楓は、市岡愛弓が最初のレッスンに学校で使うような上履きを履いてきたと、公演のMCで明かしています。
まだ本格的な芸能活動に慣れていなかったころの出来事で、日常の学校生活とアイドルのレッスンが地続きだった時期を感じさせる場面です。
コロナ禍で修学旅行に行けなかった高校生活
高校時代には新型コロナウイルスの影響を受けました。本人は修学旅行にも行けなかったと振り返っており、自粛期間には家から出られない時間が続いたといいます。
家では配信で映画を見たり、YouTubeを見ながら折り紙を折ったりしていました。作っていたのはウサギやカエルなど。アイドル活動の表舞台から離れていた時期に、高校生として家で過ごしていた具体的な場面です。
同じころ、日本だけでなく世界のニュースも見るようになりました。外出が限られる中で、自分がどんな人間になりたいのかについて考える時間も増えていきます。
高校3年生で卒業後の進路を考える
高校3年生になると、卒業後に何をするのかを決める時期が近づきました。STU48を卒業してから時間もたっており、そのまま一般の仕事へ進む可能性も本人の中にはありました。
大学や専門学校へ進学したとする公表情報はありません。この進路を考えていた時期に重なって発表されたのが、指原莉乃がプロデュースする第3のグループのオーディションでした。
市原愛弓は昔STU48の市岡愛弓として活動
現在の市原愛弓には、STU48で「市岡愛弓」として活動していた時期があります。2017年にSTU48の1期生となり、13歳で最初の本格的なアイドル活動を始めました。
STU48時代は「市岡愛弓」、≒JOYでは「市原愛弓」として活動しています。「市岡愛弓が本名」と本人や所属先が公表した一次情報は確認されていないため、本名とは断定しません。
13歳でSTU48 1期生へ
STU48は瀬戸内7県を拠点とするグループとして2017年に始動しました。市岡愛弓は最初の1期生に入り、中学生のうちからアイドルとして活動する生活が始まります。
加入したばかりのころはダンス経験もありませんでした。2017年5月の日刊スポーツの自己紹介では、STU48に合格するために歌とダンスを頑張ったことを自ら話しています。
当時の特技として挙げていたのは、いつでも長く眠れることとフラフープ。さらに苦手を克服するため、レーズンを食べられるようになったという話までしていました。
物静かに見えて楽屋ではよくしゃべる子だった
小学生の自分を「おとなしい子」と話す市岡愛弓ですが、STU48でメンバーと過ごすようになると、ステージからは見えにくい一面も知られるようになりました。
音楽ナタリーのインタビューでは、薮下楓が、市岡はファンから物静かだと思われている一方、楽屋ではよくしゃべり、面白いところもあると紹介しています。土路生優里も普段はずっとしゃべっていると話していました。
観客の前に立つときの静かな印象と、同年代のメンバーたちに囲まれた楽屋での姿は少し違っていました。
デビュー曲「暗闇」の選抜メンバーに
市岡愛弓はSTU48初のシングル選抜メンバーに選ばれ、2018年1月31日発売の1stシングル「暗闇」に参加しました。14歳でSTU48のメジャーデビューを迎えています。
その後も出張公演やイベントなどに出演。中学校へ通う年齢でありながら、瀬戸内各地や劇場でステージに立つ日々を送っていました。
市岡愛弓がSTU48を卒業した理由
2019年7月1日、STU48公式サイトで市岡愛弓の卒業が発表されました。当時15歳。グループ結成時から約2年間活動した末の決断でした。
市原愛弓の検索では「STU48 卒業理由」も関心を集めていますが、本人が公式コメントで説明した内容は明確です。将来について考え、運営側と話し合ったうえで卒業を選んだとしています。
本人が語ったのは「将来のこと」
将来のことを考え、運営の方とも話し合い、卒業という道を選ばせていただきました。
出典:STU48公式「STU48 市岡愛弓 卒業のご報告」(2019年7月1日)
同じコメントでは、STU48で出会ったメンバーやスタッフ、楽曲への感謝も綴っています。卒業後の具体的な進路や、誰かとの不仲などを理由として挙げる記述はありません。
そのため、ネット上で語られる不仲説やトラブルを卒業理由として扱う根拠はありません。公表されているのは、本人自身が将来を考えて選んだ進路だったというところまでです。
船上劇場「STU48号」で卒業公演
卒業公演は2019年8月6日に船上劇場「STU48号」で行われました。場所は兵庫県・神戸港の中突堤Cバース。「GO!GO! little SEABIRDS!! ~市岡愛弓 卒業公演~」として開催されています。
STU48としての最終活動日は同年8月11日でした。8月21日の16歳の誕生日を迎える直前に、13歳から続いた最初のアイドル活動を終えています。
高校3年で≒JOYのオーディションへ
STU48卒業後、市原愛弓は高校生活を送りました。そして高校3年生になり、卒業後の進路を考えていたころ、=LOVE、≠MEに続く「第3のグループ」のオーディション募集が始まります。
=LOVEと≠MEは以前から好きだったグループでした。さらにプロデューサーは、小学生のころにHKT48で憧れた指原莉乃です。
一度アイドルを卒業して一般の高校生活へ戻ったあと、もう一度ステージへ向かう機会が訪れました。
「最後のチャンス」と考えて応募
アイドルになるには最後のチャンスだと思いました。
出典:タウンワークマガジン「市原愛弓(≒JOY)インタビュー『自粛期間に自分と向き合って、どんな人間になりたいか考えました』」(2023年5月8日)
本人は、もしこのオーディションに落ちたら普通の仕事で働くつもりだったとも話しています。何度でも芸能活動を続ける前提ではなく、高校卒業後の進路を決める節目で受けたオーディションでした。
ナチュラルメイクを意識して審査へ
オーディションを受けるにあたり、家にいる時間が長かったことから体型維持を意識しました。もともとメイクが好きで、審査の日はナチュラルメイクを心掛けていたそうです。
ところが、あとで当時の姿を見返すと、本人にはかなりしっかりメイクしているように見えたと笑っています。緊張や決意だけではなく、そんな小さな記憶も残っています。
自粛期間には鏡の前でウインクも練習していました。再びアイドルになったあと、MV撮影でアドリブのウインクをしたところ、そのカットが実際に使用されています。
市原愛弓として≒JOYメンバーに
第3のグループオーディションの最終審査は2022年1月30日に行われました。そして同年3月29日、指原莉乃プロデュースの新グループ「≒JOY」と12人のメンバーがお披露目されています。
その中に「市原愛弓」の名前がありました。STU48では市岡愛弓、≒JOYでは市原愛弓。所属も活動名も変わり、二度目のアイドル活動が始まります。
お披露目会で本人が語ったアイドルへのきっかけは、小学生のころに見たHKT48でした。高校3年生で再びオーディションを受けても、出発点として語ったのは少女時代の憧れです。
市原愛弓が再びアイドルとしてステージに立つまで
2022年3月にお披露目されたあと、≒JOYのメンバーは初ステージへ向けてレッスンを重ねました。最初の大きな舞台になったのは、同年7月3日に富士急ハイランド・コニファーフォレストで開催された「イコノイジョイ2022」です。
=LOVE、≠ME、≒JOYの3組による合同フェスで、≒JOYにとってはこの日がステージデビュー。市原愛弓にとっても、STU48卒業から約3年を経て観客の前で再びアイドルとして歌う日になりました。
20曲弱の振付を短期間で覚えた
初ステージまでの準備では、短い期間に20曲弱ほどの振付を一気に覚える必要がありました。本人は頭の中がパニックになるほどだったと振り返っています。
そこでメンバー同士で振付を確認し、「ここはこうだよね」と話しながら一つずつ揃えていきました。STU48へ入った13歳のころには未経験だったダンスに、別のグループでもう一度向き合うことになります。
2022年7月3日、≒JOYとして初ステージ
「イコノイジョイ2022」は昼夜2公演で開催され、各公演約1万人が来場しました。≒JOYは=LOVEの楽曲を披露したほか、ファーストソング「≒JOY」を初ステージでパフォーマンスしています。
公演後、市原愛弓は本人公式Xに、ステージから見た景色や花火への感動、初ステージを温かく見守ってもらったことへの感謝を投稿しました。
ファーストソング「≒JOY」は初ステージ前日の7月2日にMVが公開され、7月3日に配信リリースされました。夢へ向かうメッセージを持つ楽曲で、市原愛弓も新しいグループで歌い始めています。
個人的にはそのパワフルさを表現するために“ギラギラ感”を意識していて。
出典:TV LIFE web「≒JOYインタビュー『指原さんから「“私の歌声を聴いて泣いてください!”って気持ちで歌って」と言われて…』」(2022年8月7日)
市原愛弓は「≒JOY」を歌うとき、普段より目力を強くし、ソロパートではお腹から声を出すことを意識していました。おとなしい小学生だったころから時間が流れ、ステージで自分の見せ方まで考えるアイドルになっていました。
小学生のころ、HKT48を見て元気をもらっていた少女は、13歳でSTU48のアイドルになりました。15歳でその活動を終え、高校生活を送りながら自分の将来を考え、高校3年生でもう一度オーディションへ向かっています。
2022年7月3日、≒JOYとして迎えた初ステージは、二度目のアイドル活動で最初に立った大きな舞台でした。市原愛弓はそこで、少女時代から抱いていた「アイドルとして誰かに元気を与える」という場所へ戻ってきました。
































コメントを残す