FRUITS ZIPPERの赤色担当としてステージに立つ月足天音。1999年10月26日生まれ、福岡県出身で、現在の公式プロフィールには身長153cmと記載されています。「月足天音」という印象的な名前は、本人いわく本名です。
現在は「NEW KAWAII」を掲げるグループの一員ですが、アイドルとの最初の接点はずっと前にさかのぼります。幼いころに父親から見せてもらったライブ映像、小学生のピアノ発表会、中学生ごろに家族と出かけたキャナルシティ博多。いくつもの小さな場面が、16歳でHKT48に入るまでにつながっていきました。
家族との買い物中に初めて生で見たアイドルの姿が、月足天音が自分もオーディションへ挑戦していくきっかけの一つになりました。
ここから、福岡・柳川で過ごした少女時代、家族との日常、学校生活、高校時代のレッスン、HKT48の4期生になるまでをたどります。その後いったんアイドルを離れ、FRUITS ZIPPERで「2回目」のアイドル人生を始めるところまで見ていきます。
月足天音は昔どんな子だった?柳川で育った少女時代
月足天音は福岡県出身。後年のインタビューでは柳川市を「出身地」「地元」として語っています。水郷のまちとして知られる柳川で過ごした子ども時代には、現在のアイドル像だけを見ていると意外な将来の夢もありました。
幼稚園の夢は花屋・ユニクロ店員・レッサーパンダの飼育員
幼稚園のころに書いたものを後から見つけると、そこには「お花屋さん」「ユニクロの店員さん」「レッサーパンダの飼育員」という3つほどの夢が残っていたそうです。まだこの時点では、将来の職業としてアイドル一本に決めていたわけではありません。
小学生になると、夢は「歌手」へ変わります。ピアノの発表会では演奏だけでなく歌を披露する機会があり、人前のステージで歌った経験がきっかけになりました。
小学校に上がってからは歌手が夢になりましたね。
出典:SCRAMBLE「【美少女スクランブル】ファンの方に自慢される存在になりたい『月足天音』」(2022年3月4日)
歌うことだけでなく、「かわいくなること」への興味も早くからありました。小学生のころにアイドルへ関心を持つと、『ピチレモン』や『Zipper』を読み、父親のパソコンを借りて「かわいくなるには」と検索していたと振り返っています。
周囲の友人につられてボーイッシュな服を着ることもあった一方、心の中では東京・原宿への憧れを持っていました。のちに原宿から世界へ発信するFRUITS ZIPPERに入る以前から、雑誌やパソコンの画面越しに原宿文化を追っていたことになります。
学校では、ちょっと変わった特技も友達に披露していました。ドラマ『悪夢ちゃん』で主人公の目が揺れる場面を見たあと、自分も黒目を揺らせることに気づき、小学生のころによく友人へ見せていたそうです。この特技は後年、FRUITS ZIPPER加入時の自己紹介にも登場します。
ピアノ発表会で歌ったこと、雑誌を読みながら自分なりに「かわいい」を研究したこと。月足天音の少女時代には、ステージとアイドルへ近づく前の具体的な日常が残っています。
HKT48在籍中の2019年には、本人公式Instagramに「#福岡カフェ」と添えた投稿も残しています。活動の範囲が広がったあとも、福岡は本人の発信にたびたび登場する土地でした。
月足天音の家族構成は?父親・母親・弟とのエピソード
月足天音の昔をたどるうえで、家族の話は外せません。とくに父親は、本人がまだ物心のつかないころからモーニング娘。のライブ映像を見せていた人物です。家の中にアイドルの映像があることが、ごく自然な環境だったようです。
父が見せてくれたモーニング娘。とももクロ
2025年3月、月足は父親との昔話を自身のXで投稿しました。幼いころからモーニング娘。の映像をたくさん見せてもらい、その影響で歌って踊ることがずっと好きだったこと、さらに人生で最初に受けたオーディションもモーニング娘。だったと明かしています。
中学生ごろには、父親が録画していたももいろクローバーZのライブ映像にも強く引き込まれました。最初に見た日から、学校が終わると真っすぐ帰宅し、テレビやパソコンに張り付くように映像を見ていたと本人が書いています。
見てるだけでこんなに幸せになれるなんて、と感動した
出典:B.L.T.web「FRUITS ZIPPER連載【週刊 ふるっぱー】#38 月足天音編」(2023年6月23日)
なかでも佐々木彩夏は「生涯の推し」と呼ぶ存在になりました。2023年に共演イベント「AYAKARNIVAL」への出演が決まると、真っ先に両親へ報告。両親は泣いて喜び、自分たちでチケットを取り、福岡から会場へ見に来たそうです。
母からは小さいころに生け花を教わっていた
母親については、月足自身が「生け花の師範代」と紹介しています。小さいころに母から生け花を教えてもらっていたこともあり、大人になってからは自分も生花の資格を取りたいと話しました。父から音楽、母からは花と表現に触れる時間がありました。
2022年には、本人が母親のKBCテレビ『シリタカ!』出演をXで告知しています。番組では柳川市の日本茶茶寮「茶場蔵」が紹介されました。「茶場蔵」は母親の店として本人から紹介された場所であり、月足天音の住居として公表された「実家」ではありません。
「月足天音 実家」と検索されることがありますが、母親の店と本人の実家・住居は同じ意味ではありません。一般人である家族の生活場所は、公開された情報の範囲を越えて扱いません。
誕生日のプレゼントを母と弟と一緒に運んだことも
弟の存在も本人の発信から確認できます。23歳の誕生日を迎えた2022年10月26日には、ファンから届いた多くのプレゼントについて「お母さんと弟と運んでいます」と投稿しました。弟の氏名や年齢など、一般人として公表されていない情報には踏み込みません。
両親が長年の「推し」との共演を見に福岡から来た話や、母と弟が誕生日の荷物を一緒に運んだ話は、芸能活動だけでは見えにくい家族の日常を伝えています。
中学生ごろ、キャナルシティ博多で初めて生のアイドルを見る
月足がアイドルを「画面の中」だけでなく、目の前の仕事として意識するきっかけになった場面が福岡にあります。中学生ごろ、家族でキャナルシティ博多へ買い物に出かけた際、たまたまアイドルのイベントが行われていました。
本人にとって、そこで見たステージが初めて生で見るアイドルでした。家族との普通の買い物の途中で立ち止まったイベントが、その後のオーディション応募へつながっていきます。
すごいかわいい!と、とても衝撃だったんです。
出典:ARNE「今をときめくアイドル♡FRUITS ZIPPER『月足天音』さん独占インタビュー【私の推しごと#12】」(2024年10月26日)
そのころには、ももいろクローバーZを見ることが放課後の日課になっていました。好きなアイドルを眺める側から、自分もオーディションを受ける側へ。人生で最初に挑戦したのは、父と幼いころから見てきたモーニング娘。のオーディションでした。
この最初の挑戦について、本人は後年「人生で初めてのオーディション」と明かしています。ただし、応募した年や審査の詳しい内容までは公表されていません。
月足天音の学歴は?小学校・中学校・高校の学生時代
月足天音の小学校・中学校・高校について、具体的な学校名は公表されていません。一方、本人のインタビューには小学生のころの友人関係、中学期のアイドルへの熱中、高校時代の部活動やレッスンなど、学校生活の中身がいくつも残っています。
高校時代は家庭部、ラーメンにも夢中だった
高校時代の部活は家庭部でした。後年、FRUITS ZIPPERのメンバーと学生時代の部活を話した際、自分から家庭部だったと明かしています。活動にはあまり行けていなかったそうですが、裁縫には自信がある様子でした。
縫いもの得意です!
出典:ABEMA TIMES「FRUITS ZIPPER 月足天音、高校時代の“愛らしい”部活動を告白、意外すぎる特技も照れながら発表」(2025年4月13日)
もう一つ、高校時代から続く好物がラーメンです。当時は週5回以上食べるほど好きだったと語っており、現在の公式プロフィールにも趣味として「ラーメン巡り」が載っています。学生時代の習慣が、そのまま現在まで続いている項目です。
進路面では、高校生になると演技のレッスンへ通い始めました。歌手を夢見た小学生時代、アイドルに惹かれた中学生時代を経て、この時期には実際に芸能のレッスンを受ける段階へ進んでいます。
上の投稿はHKT48在籍中の2020年1月に本人公式Instagramへ掲載されたものです。高校時代に始まった芸能への挑戦は、このころにはすでに数年にわたるアイドル活動へ変わっていました。
高校時代、先輩の一言からHKT48 4期生へ
HKT48へ進む直接のきっかけは、高校時代に通っていた演技レッスンの場にありました。月足が憧れていた先輩から、HKT48のオーディションがあるので受けてみてはどうかと勧められたのです。
月足はそのオーディションを受け、合格。2016年7月12日、16歳でHKT48の4期生として加入しました。幼いころからアイドル映像を見て、小学生で歌手を夢見て、中学生ごろには生のアイドルに衝撃を受けていた少女が、ここでアイドルとして活動する側に立ちます。
加入後はHKT48の活動へ入り、2017年2月15日発売の9thシングル「バグっていいじゃん」では選抜メンバーに名を連ねました。4期生として加入してから約7か月後のことでした。
初めてアイドルを生で見た場所も、最初の本格的なアイドル活動の拠点も福岡でした。HKT48では約3年8か月活動し、2020年3月30日の卒業公演をもってグループでの活動を終えています。
3年8ヶ月本当にステキな経験をさせて頂きました。
出典:HKT48 OFFICIAL WEB SITE「HKT48 チームTII 月足天音 卒業公演のご報告」(2020年3月30日)
HKT48卒業を決めた背景について、月足は20歳のころに入院していた時期があり、人生の節目で「自分は結局何になりたいのか」を考えたと話しています。そこでいったんアイドルを離れ、自分の進みたい方向を考える時間を持ちました。
HKT48卒業後、月足天音がもう一度アイドルになるまで
HKT48を離れたあと、好きだったアイドルを見る時間が戻ると、本人の中でアイドルへの気持ちも再び強くなっていきました。前のグループを辞めた時点では、もう一度アイドルをする予定はなかったと語っています。
その後、月足はアソビシステムのオーディションへ自分で応募しました。FRUITS ZIPPERのプロデューサー・木村ミサは、事務所スタッフから「元アイドルの子がいる」と聞いて月足と会ったと振り返っています。
木村と話すなかでは、月足がアイドルを本当に好きなことや、もう一度やるなら実力を磨きたいと考えていることも伝わりました。以前から好きなアイドルの方向性にも共通点があり、木村はグループに入ってほしいと考えるようになります。
月足自身は、FRUITS ZIPPERに入る決断をすぐにしたわけではありません。HKT48卒業後にいったん離れた道へ戻ることになるため、声を掛けられてから長く考えた末に「やってみよう」と決めました。
アイドルは人生で2回目ですが、またイチから始める気持ちです。
出典:Pop’n’Roll「新アイドルグループ『FRUITS ZIPPER』、アーティスト写真公開+お披露目ライブ開催決定!」(2022年2月22日)
2022年2月、FRUITS ZIPPERの7人が発表されました。月足は赤色担当として参加し、レッスンやボイストレーニングを重ねます。当初予定されていたお披露目ライブは延期となり、実際に7人が初めてライブへ立ったのは4月24日の恵比寿CreAtoでした。
デビュー前の2022年3月に公開されたFRUITS ZIPPER公式YouTubeの自己紹介動画には、新しいグループが動き出す直前の月足が残っています。HKT48での経験を持ちながらも、本人が語った通り「イチから」始める時期の映像です。
FRUITS ZIPPERとして活動を始めた2022年には、公式Instagramにも新しいグループでの仕事が増えていきました。HKT48卒業から約2年、月足はもう一度「アイドル」として写真やステージに立つ日々へ戻ります。
FRUITS ZIPPERの初ライブ後、「わたしの一番かわいいところ」をはじめとする楽曲が広がっていきました。小学生のころから雑誌や父のパソコンを使って「かわいくなるには」と研究していた月足は、今度は「NEW KAWAII」を掲げるグループのメンバーとして活動することになります。
幼稚園で書いた三つの夢、小学生のピアノ発表会、父のパソコンで調べた「かわいくなるには」、キャナルシティ博多で見た初めてのアイドル、高校で通った演技レッスン。その時間を経て、月足天音は16歳でHKT48のステージへ立ちました。
一度その道を離れたあと、2022年にはFRUITS ZIPPERで再びステージへ。現在の月足天音に続く二度目のアイドル人生は、「またイチから」という言葉とともに始まりました。
































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