落合希来里の生い立ちは?家族構成や高校、栃木での少女時代から≠MEまで

ひと目でわかるプロフィール
落合希来里
おちあいきらり
栃木で12歳からアイドル活動を始め、≠MEへ進んだメンバー
生年月日
2001年5月22日
血液型
B型
身長
148.5cm
出身地
栃木県
所属・活動形態
≠ME
活動時代
平成アイドル
アイドル活動開始
2014年
活動開始時年齢
12歳
アイドルになったきっかけ
オーディション・他のアイドル活動から

≠MEのステージで、148.5cmの小柄な体から大きく踊る落合希来里さん。現在は栃木県出身メンバーとしてグループ活動を続けていますが、そのアイドル人生は≠MEの結成よりずっと前に始まっていました。

幼稚園では日曜朝のアニメを楽しみに待ち、姉や友達と変身ごっこをしていた女の子。やがて地元・栃木のステージに立ち、中学生、高校生の時期をアイドル活動と学校生活の両方で過ごします。

落合希来里さんは、≠MEに入る前の2014年、12歳ですでに栃木県のご当地アイドル「とちおとめ25」でステージデビューしていました。

そこから約4年半。高校2年生で自ら卒業を決めたあと、2019年に≠MEのメンバーとしてもう一度アイドルのスタートラインに立ちます。ここでは、幼少期や家族、学生時代から、その再スタートまでを時系列で追います。

落合希来里は栃木県出身!プリキュアに夢中だった幼少期

落合希来里さんの公式プロフィールでは、2001年5月22日生まれ、栃木県出身とされています。出生地そのものは公式プロフィールでは示されていないため、「栃木県で生まれた」とまでは断定せず、栃木県出身として見ていきます。

幼いころの具体的な記憶として残っているのが「プリキュア」です。2024年、朝日放送テレビのシリーズ1000回記念企画で、本人は幼稚園時代の朝や遊び方まで細かく振り返っています。

朝8時に起きて放送を待っていた幼稚園時代

休日は朝からテレビの前へ。朝ごはんを食べながら放送を待つ時間そのものが楽しみで、シリーズが新しくなると、翌日の幼稚園では女の子同士の会話が弾んだそうです。

休日はプリキュアのアニメを見るために朝8時には起きて

出典:朝日放送テレビ「『プリキュア』シリーズ1000回放送記念!!スペシャルダンスコラボ!!」(2024年5月27日)

見るだけではなく、友達とは変身グッズを使って遊んでいました。後年の本人の話には、幼稚園の友達と何をしていたのか、家でどんなふうに朝を迎えていたのかが残っています。

姉と変身の言葉を競った少女時代

家では姉も遊び相手でした。プリキュアの変身の言葉をどちらが多く覚えているか競い、両親には「会いに行きたい」とお願いして、実際にプリキュアに会える機会へ連れて行ってもらったこともあったといいます。

姉と覚えた変身の言葉を競い、両親にお願いして憧れのプリキュアへ会いに行く。幼い落合希来里さんの休日には、家族とのこんな場面がありました。

赤ちゃんのころからのタオルを上京するときも持参

幼少期から長く手元に置いているものもあります。≠ME結成直後の2019年、YOUTH TIME JAPANのインタビューで「これがないと生きていけないもの」を聞かれ、赤ちゃんのころから使っているタオルを挙げました。

赤ちゃんの時から使っているタオル。上京する時にも持って来ました。

出典:YOUTH TIME JAPAN「指原莉乃プロデュースアイドル≠ME(ノットイコールミー)ってどんなグループ?」(2019年10月1日)

同じインタビューでは、そのタオルがないと眠れないとも答えています。東京で新しい活動を始めたころも、赤ちゃんの時代から使ってきたものが一緒にありました。

落合希来里の家族構成は?両親・姉とのエピソード

落合希来里の家族構成
両親が「希来里」という名前に願いを込めた
両親が「希来里」という名前に願いを込めた
幼少期にプリキュアの変身の言葉を競った
本人
落合希来里

公開されている本人の発言からは、父親、母親、姉の存在を確認できます。一般人である家族の氏名や職業などは公表された確かな情報がなく、ここでは本人が語っている家族との出来事を中心に見ていきます。

両親が「希来里」という名前に込めた願い

「希来里」という印象的な名前には、両親の願いが込められています。2024年の≠ME結成5周年コンサートで、本人は大勢のペンライトに囲まれたステージから、自分の名前について話しました。

キラキラ輝く人生になるようにと付けてくれました。

出典:ウォーカープラス「≠ME(ノットイコールミー)結成5周年コンサートを開催!」(2024年3月12日)

ステージでは、その名前を付けてもらった自分が、アイドルとして360度のペンライトに囲まれている現在を重ねていました。名前の由来は幼少期の家族の話であると同時に、本人が大人になってから自分の歩みを振り返るときにも登場しています。

姉と2人で両親へ贈った家族旅行

幼稚園時代には一緒にプリキュアの言葉を覚えていた姉。大人になってからも家族との時間は続いています。2023年には、姉と2人で両親へ旅行を贈り、家族で出かけたことを本人の公式Instagramで紹介しました。

子どものころは両親に連れて行ってもらう側だった落合さんが、姉と一緒に両親へ出かける機会を贈る側になっています。家族については人数を推測して広げるより、こうした本人が公開している場面から関係をたどるのが確実です。

落合希来里の学歴は?中学・高校の学生時代

落合希来里の学歴
中学校
学校名は公表されていない
帰宅部で学校行事に積極的に参加
高校
学校名は公表されていない
帰宅部。2020年3月に卒業

落合希来里さんは中学・高校時代の学校生活をインタビューで語っていますが、通っていた中学校と高校の正式な学校名は、本人公式プロフィールや今回使用した一次性の高い資料では明らかになっていません。校名を推測せず、本人が実際に話した学生生活を見ていきます。

中学も高校も帰宅部!学校行事に熱中

意外なのは、ステージでダンスを見せる一方で、中学校でも高校でも部活動には所属していなかったことです。本人は2024年のインタビューで、部活ではなく学校行事に強く熱中していたと振り返りました。

中学生も高校生も帰宅部だったので、部活の青春みたいな経験はしてないんです。

出典:Bezzy「今は第二の青春真っ只中、≠MEが描く“未来の私”」(2024年3月20日)

その分、合唱コンクール、運動会、学園祭には積極的でした。「なんでも企画に参加したい」タイプで、クラスメートと放課後に残って練習したり、自分たちでイベントを企画して司会進行を担当したりしたといいます。

合唱コンクールはホールを借りるほど本格的だった

学校行事の中でも特に記憶に残っているのが合唱コンクールでした。学校がホールを借りて開催するほど力を入れており、本人にとって「学校の行事」と聞けば合唱コンクールを思い浮かべるほど大きな存在だったそうです。

この記憶は後の≠MEにもつながります。2023年の「イコノイジョイ大感謝祭」で≠MEが合唱団企画を行った際には、制服姿でメンバーが集まり、ピアノの先生を迎えて練習しました。本人はその時間を「第二の青春」と重ねています。

中学生で地元アイドル、高校2年生まで活動を継続

学校生活と並行して、落合さんは中学生の時点ですでにアイドル活動をしていました。2014年4月29日にとちおとめ25でステージデビューした時は12歳。翌月の5月22日に13歳を迎える年齢でした。

卒業公演を記録したとちおとめ25公式ブログでは、2018年10月28日の時点で「まだ高校2年生」と書かれています。学校行事へ積極的に参加しながら、週末や放課後にはレッスンやイベントがある生活が続いていました。

≠ME加入後の2020年3月には高校を卒業。本人の公式Xでは、家族、友人、先生への感謝とともに卒業を報告しています。大学や専門学校への進学については、確実に確認できる公表情報がないため、具体的な進学先は記載しません。

12歳で地元アイドル「とちおとめ25」のステージへ

落合希来里さんの「昔」をたどるうえで外せないのが、栃木県のご当地アイドル「とちおとめ25」です。グループは栃木県をPRするユニットとして活動しており、地元の祭りや商業施設、観光・農産物に関わるイベントなどにも出演していました。

2014年の公式ブログの年間振り返りには、4月29日に「とちのきファミリーランドにて あかねときらりがデビュー」と残っています。2016年4月29日の公式ブログでも、2人の「デビュー二周年」を祝ったことが記録されており、日付を別資料でも確認できます。

2014年4月29日、とちのきファミリーランドでデビュー

デビュー後すぐに完成された正規メンバーとして固定されたわけではありません。当時の公式ブログには「練習生」としてイベント出演する記録も残っており、ステージを経験しながら段階を上がっていった時期がありました。

同じ年の6月、先輩メンバー・くるみさんの卒業時には、ワンマンライブに出られなかった落合さんが手紙を渡していたことも公式ブログに残っています。加入初期から、ステージの外でも先輩とのやり取りがありました。

2018年に卒業したメンバー・ひかりさんは、落合さんとの最初の出会いを振り返り「お互い小学生だった」と書いています。中学、高校と成長する年月を、同じグループで一緒に過ごしていたメンバーがいました。

栃木各地のイベントに立ち、サブリーダーへ

とちおとめ25は県内各地のイベントに立つグループでした。落合さんも活動を重ね、やがてサブリーダーを任されます。2018年の本人の卒業コメントには、加入から4年が経ち、サブリーダーになっていたことが本人自身の言葉で残されています。

リーダーだったももかさんとの関係も長く、卒業前の公式ブログには、一緒にライブへ行ったり、都内で遊んだり、買い物やカフェへ出かけたりした思い出が並びます。仕事場だけで会う関係ではなく、同じアイドルが好きな友人として過ごす時間もありました。

台湾で一緒に過ごしたこと、バスツアーで毎回手をつないで写真を撮っていたこと、リーダーとサブリーダーとして互いを支えてきたことも、ももかさんが卒業直前に振り返っています。

高校2年でとちおとめ25を卒業!≠MEオーディションへ

約4年の活動を続けた2018年、落合さんはとちおとめ25を離れる決断をします。運営から一方的に告げられた卒業ではなく、契約更新を前に本人から翌年度の契約を更新しない申し出があったことが公式ブログで発表されました。

当時17歳。中学生から高校生へと続いてきた場所を離れる決断について、本人は「将来」を理由に挙げています。

一度ここで区切りをつけてゆっくりと考えて自分と向き合いたい

出典:とちおとめ25オフィシャルブログ「ご報告」(公開日記載なし)

卒業はすぐに決めたものではなく、何カ月も悩み、事務所と何度も話し合ったと本人は説明しています。大好きだったグループを離れることや、メンバー、ファンと別れることへの苦しさも率直に書いていました。

2018年10月28日、最後のセットリストも自分で考えた

卒業公演は2018年10月28日の定期公演。リーダーのももかさんによる公式ブログでは、その日のセットリストをすべて落合さん自身が考えたと記されています。思い出の曲を選び、2人組の組み合わせにも工夫を入れました。

「愛のサガン」「未来に立って今を見て」は、ももかさんとの2人組で披露。以前の定期公演で紙飛行機を飛ばした思い出があり、最後の公演でも同じ演出を取り入れています。アンコールではファンから「きらりコール」が起こりました。

ももかさんは当時の落合さんを「まだ高校2年生」と書きながら、最後の言葉が心に響いたこと、リーダーとサブリーダーとして支え合ってきたことを振り返っています。約4年半の地元アイドル活動は、この公演で一区切りとなりました。

卒業の数カ月後、≠MEの最終審査へ

とちおとめ25の卒業発表では、次にどのグループへ入るかまでは語られていません。公式記録で次に確認できる大きな出来事は、2019年1月26日に行われた=LOVE姉妹グループオーディションの最終審査です。

そして2019年2月24日、メンバーのお披露目とともに新グループ名「≠ME」が発表されました。高校2年生で地元のグループを卒業してから、約4カ月。落合さんは新しい12人組の一員として、もう一度アイドル活動を始めます。

≠ME公式YouTubeでは、結成初期の落合さんを追った『Documentary of ≠ME』が2019年8月7日に公開されています。地元アイドル時代とは違うメンバー、違う環境で活動を始めた時期の表情や声を映像で見ることができます。

TIF2019で≠MEとして初めてステージへ

≠MEとしての初ステージは2019年8月4日、TOKYO IDOL FESTIVAL 2019。お披露目から約5カ月後、12人はSMILE GARDENに立ち、=LOVEの楽曲などとともに初のオリジナル曲「≠ME」を披露しました。

12歳で栃木のステージに立ったときから数えると、約5年後です。同じ「アイドルの初ステージ」でも、今度は指原莉乃さんがプロデュースする新グループのメンバーとしての一歩でした。

落合希来里がアイドルになるまで
2001年5月22日
誕生
公式プロフィールでは栃木県出身
幼稚園時代
プリキュアに夢中になる
姉や友達と変身ごっこをし、両親に連れられてプリキュアに会いに行った
2014年4月29日
とちおとめ25でステージデビュー
とちのきファミリーランドで、あかねとともにデビュー
2018年
とちおとめ25卒業を決断
将来を考え、契約更新をせず卒業することを本人から申し出た
2018年10月28日
とちおとめ25を卒業
高校2年生で最後の定期公演に出演。セットリストも自ら構成した
2019年1月26日
=LOVE姉妹グループオーディション最終審査
2019年2月24日
≠MEメンバーとしてお披露目
グループ名「≠ME」とメンバーが発表された
2019年8月4日
≠MEとして初ステージ
TOKYO IDOL FESTIVAL 2019で初のオリジナル曲「≠ME」などを披露
2020年3月
高校を卒業
本人公式Xで卒業を報告
2021年4月7日
≠MEがメジャーデビュー
デビューミニアルバム「超特急 ≠ME行き」を発売

落合希来里が≠MEとしてメジャーデビューするまで

≠ME結成から半年ほどたった2019年秋、落合さんはインタビューで=LOVEを「憧れで、尊敬する先輩方」と表現していました。同年8月には合同コンサート「24 girls」を経験し、すぐ近くで学べる先輩である一方、いつか肩を並べたい存在だとも話しています。

このころの落合さんは高校生でした。学校では行事に参加し、グループではレッスンやイベントを重ね、2020年3月に高校を卒業します。学生生活の終わりと、≠MEとして活動を積み上げる時期が重なっていました。

2021年4月7日、≠MEはデビューミニアルバム『超特急 ≠ME行き』を発売し、メジャーデビューしました。2019年2月のお披露目から約2年、2014年のとちおとめ25でのステージデビューからは約7年後のことです。

幼稚園で姉と変身の言葉を競っていた時間、中学・高校で学校行事に夢中になった時間、栃木のイベントを回った約4年半。そして高校2年生で一度グループを卒業したあと、落合希来里さんは≠MEのメンバーとして再びステージに立ち、メジャーデビューの日を迎えました。

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